new ペンタフルオロスルファニル化合物の合成(2) - daikin · 2019. 11. 6. · 1...
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1
ペンタフルオロスルファニル化合物の合成(2)
1 はじめに
前回はペンタフルオロスルファニル (SF5) 基の特徴と脂肪族系 SF5 化合物の合成
法について紹介した [1]。今回は芳香族系 SF5 化合物の合成法と SF5 化合物の応用に
向けた報告例について概説する。 まず、前回の原稿を見返さなくても済むように前回紹介した SF5 基の特徴と脂肪族
系 SF5 化合物の合成法の概要を述べる。 ペンタフルオロスルファニル (SF5) 基はしばしば ”Super-trifluoromethyl group”と
呼ばれるように、SF5 基の立体的嵩高さ、強力な電子求引性、際立った化学的安定性、
大きな疎水性はトリフルオロメチル (CF3) 基を上回るほどであり、特異なフッ素系置
換基として注目されている。そのため、SF5 化合物の医農薬や材料分野での応用が期
待されている。しかし、CF3 化合物に比べて、SF5 化合物の合成法は SF5 基の特異性の
ために限定的であることや、一般の研究者が容易に入手できる SF5 化合物や関連試薬
は極めて少数であるため、今後の画期的な進展が必須な領域と思われる。SF5 化試薬
として知られているのは毒性も大きなハロゲン化物の SF5Cl と SF5Br であり、SF5 化
反応は C-C 二重結合や三重結合へのラジカル付加反応に限られる。そのため SF5-C 結
合形成反応は脂肪族化合物に適用されるが、芳香環への直接的な導入は有効な方法が
ない。一方、応用面で重要な芳香族系の SF5 化合物の合成は、芳香族ジスルフィド(あ
るいは芳香族チオール)の酸化的フッ素化の 1段階合成あるいは酸化的塩素化と塩素
—フッ素交換反応の 2 段階合成が主流である。 近になって、後者の 2 段階合成法の
発見により実用的な合成が可能になってきた。SF5 基の際立った化学的安定性により、
適度な官能基を有する芳香族 SF5化合物をビルディイングブロックとして用いて医農
薬や液晶素材などを志向した標的化合物の合成が行われている。 2 ペンタフルオロスルファニル (SF5) 基の特徴
表 1 に SF5 基や CF3 基、CF3O 基、CF3S 基及び対応する水素置換基の Hansch の疎
水性パラメーター (P)と静電的置換基パラメーター (誘起効果 dI, 共鳴効果 dR) を示した (Table 1) [2-4]。
Substituent Substituent
F
OCH3
0.14
- 0.02OCF3 1.04
CH3 0.56 SCF3 1.44CF3 1.09
SCH3 0.61
σI σR σI σR
0.45 - 0.40
0.21 - 0.470.39 0.120.51 - 0.13
- 0.17 - 0.07 0.31 0.170.22 - 0.28
Π Π
Table 1. Hansch Hydrophobic Parameters (Π) and Electronic Parameters (σI, σR)
SF5 0.55 0.111.51
2
フッ素原子は立体的に水素原子に次いで小さい。一方、静電的な特徴は全元素中で
大の電気陰性度 [ c(F) = 4.0] をもち、分子中で強い電子求引性の誘起効果 ( dI = +0.45 )を発揮するとともに、孤立電子対による電子供与の共鳴効果 ( dR = - 0.40 )も顕
著な元素である (Table 1)。さらに、C-F 結合は結合エネルギーが大きく、一般に反応
性の乏しい結合で CF3 化合物をはじめとしてフッ素化合物の大きな安定性の要因で
ある。さらに、医農薬など生物活性との関連で重要なことは、フッ素導入による親油
性・疎水性の変化であり、血中への移行速度や生体膜透過性に影響を及ぼす。Table 1
に示したHanschの疎水性パラメーター (P) はベンゼン環上の種々の置換基について
の値で、フッ素系の置換基 [CF3 (P = 1.09), CF3O (1.04) , CF3S (1.44)] は大きなプラス
の値であり、このような置換基が導入された分子は対応する水素体 [CH3 (P = 0.56), CH3O (-0.02) , CH3S (0.61)]に比べて、生体内で血中への移行速度や生体膜透過性の増
大が期待される。また、多フッ化化合物においては大きな撥水・撥油性も特徴のひと
つである。このようにフッ素化合物は際立った特異性を発揮するため、機能性材料や
医農薬などの応用分野で重要な位置を占めている [5-8]。 ペンタフルオロスルファニル (SF5) 基とトリフルオロメチル (CF3) 基の性質を比
較してみると、両者ともに強い電子求引性と大きな疎水性が特徴であるが、SF5 基の
方がより電子求引性が強く( dI = +0.55 for SF5; +0.39 for CF3 あるいは電気陰性度 c に
ついては c(SF5) = 3.65, c(CF3) = 3.36, c(Cl) = 3.20)、さらに際立って大きな疎水性 ( P = 1.51 for SF5; 1.09 for CF3 )を有している [9]。立体的な嵩高さについては、SF5基は CF3
基よりもかなり大きく、tert-ブチル基よりやや小さい程度である (Fig.1) [10]。これに
対して、CF3 基はイソプロピル基とエチル基の間くらいである。また、SF5 基も CF3 基
も負電荷はフッ素原子上で大きくなるため、電荷分布の形状を見ると、SF5 基ではピ
ラミッド型、CF3 基の場合は底に炭素原子が位置するコーンカップ型となり両者で大
きく異なる。従って、分子中の CF3 基を SF5 基に置換することにより、立体的な変化、
疎水性の増大に加えて分子の極性(双極子モーメント)の増大に寄与することになる。
Fig. 1 各種置換基の立体的嵩高さの比較 CF3 基と同様に SF5 基は極めて安定な置換基であり、さらに芳香族 SF5 化合物の加
水分解反応では類似の CF3 化合物よりもはるかに安定であることが報告されている
[11]。芳香族 SF5 化合物で S-F 結合もしくは C-SF5 結合が反応する例は極めて限られ
ていて、n-ブチルリチウムのようなアルキルリチウムに対しては反応することが知ら
れている [5b]。一方で、立体的に嵩高い tert-ブチルリチウムに対しては不活性である。
H3CC
H3CH3C SF
F
F
F
F> >
HC
H3CH3C
HC
H3CH
F
C
FF> ~__
3
なお、脂肪族化合物では SF5 アニオンが脱離基として機能する例も幾つか報告され
ている。例えば、SF5 置換トシラート 1 のアジド化反応で SF5 基の脱離が関与したジ
アジド体 3 の副生が認められている [12]。また、a,b-不飽和エステル 4 とスルホニル
メチルイソシアニド 5 を用いるピロール合成 (van Leusen Synthesis) では、付加環化
中間体 6 において通常起こるようなスルホニル基の脱離によるピロール化合物 8 は得
られず、SF5 基のb-脱離が優先するため SF5 基を有しないピロール化合物 7 が得られ
ている (Scheme 1) [13]。
Scheme 1
また、CF3 基との反応性の違いが顕著な例は、CF3 化合物で一般的な a 位アニオン
生成で誘起されるフッ化物イオンの b-脱離反応は SF5 基では見られず、むしろ SF5 ア
ニオン種のa-脱離反応が進行する場合が認められている (Scheme 2, eqs 1-3)。
Scheme 2 a 位カルバニオンで誘起される反応
3 脂肪族系 SF5 化合物の合成法の概略
前回紹介した脂肪族系 SF5 化合物の合成法の簡単にまとめておく。
アルカンチオール (RSH) やアルキルスルフィド (RSR) のフッ素化(フッ素ガス、
電解フッ素化、AgF2)による SF5 化合物の合成は、C-H の C-F への変換や C-C 結合
の開裂を伴うなど目的とする SF5 化合物の収率は低く実用的ではない [9]。
F5S OTsNaN3
DMSO, 80 °C, 8 hF5S N3 N3 N3+ (eq 1)
1 2 3
F5S OEt
O4
ArOS C
HO
HN C
NaH
DMSO+
N
CO2EtH
F5S
ArSO2 N
CO2EtF5S
ArSO2 X
NH
CO2Et
ArSO2 H
5
+ [ F5S- ]
NH
CO2Et
H+ [ ArSO2- ]
F5S
Ar = p-Tol6
7
8
F
C C
FF C C
FF
S CFF
F
F
F
F
F
X S CF
F
F
F
(eq 1)
(eq 2)
S CFF
F
F
F
R'R
R'R
R'R F5S + C
RR'
(eq. 3)
4
SF5 化試薬として入手できるのはハロゲン化物の SF5Cl (塩化ペンタフルオロスル
ファン, chloropentafluorosulfane)とやや合成が難しく安定性も劣る SF5Br であり、反
応は C-C 二重結合や三重結合へのラジカル付加反応に限られる。昨今の多様な CF3
化反応 [14] と比べて、SF5 化反応については求電子的な SF5+カチオン種や求核的な
SF5-アニオン種の新規な前駆体と反応系の開発が今後の課題である。 3.1 SF5 化試薬 SF5X (X = Cl, Br) の合成
SF5Cl の 初の合成は decafluorosulfane (S2F10)と Cl2 との反応が報告された
(Scheme 3, eq 1) [15]。その後四フッ化イオウ (SF4, 極めて毒性が強い低沸点の化合
物、水と激しく反応する)と ClF を用いる方法が報告された (Scheme 3, eq 2, 3) [16,
17]。
Scheme 3 単体イオウとフッ素ガスの反応及び SF5Cl の合成
SF5Cl は約 400 °C までは安定であるのに対して、SF5Br は約 150 °C で分解し、加
熱条件では S2F10 と Br2 との平衡状態で存在する [15]。SF4, CsF, BrF の反応で SF5Br
が好収率で得られることが報告されている [18, 19] (Scheme 4)。
Scheme 4 SF5Br の合成
3.2 SF5X (X = Cl, Br) の付加反応と付加体の利用
SF5X (X = Cl, Br) の C-C 二重結合や三重結合へのラジカル付加反応は緩和な条件
で進行し、種々の官能基を有する基質への適用が可能である (Scheme 5)。
S8 + F2 S2F10 SF5Cl (eq 1)Cl2
SF4ClF (from ClF3 + Cl2)
SF5Cl350 °C, Flow-process
(eq 2)
SF4 + ClF +CsF: 125°C, 2 hKF: 75°C, 3 d then 125°C, 4-6 d
SF5ClCsF: 60%KF: 90%
CsFor KF
(eq 3)
85-90%
97%
S2F10 + Br2 SF5Br135-150 °C
SF4 + BrF + CsFrt
SF5Br99% based on SF4
5
Scheme 5 SF5X (X = Cl, Br) のアルケンへのラジカル付加反応機構
SF5 ラジカル (•SF5) 生成には、加熱、光照射、あるいは (BzO)2, AIBN, Et3B のよ
うなラジカル開始剤が適用される。加熱条件の場合 SF5Cl では 90-120°C、SF5Br では
25-90°C で反応が進行するが、光照射や Et3B をラジカル開始剤として用いた低温で
の反応の方が収率面でも優れている場合が多い [9]。
Et3B をラジカル開始剤として用いた SF5Cl の反応例を示した (Scheme 6) [20-22]。
反応は低温 (-30 °C)、短時間で完結して、高収率で付加体 10 が得られる。本反応を
経由する SF5-アルキン 11d と SF5-ベンゼン 12 の合成も示した [22]。類似の ArSF4Cl
のアルケンへの付加反応においても Et3B はラジカル開始剤として有効である [23]。
Scheme 6 Et3B をラジカル開始剤に用いた SF5Cl の付加反応例
分子内にアセチレン、アルデヒド、アシルハライドのような変換反応に有用な官
能基を有する SF5 化合物は合成中間体として重要である。
SF5-アセチレン 13 及び二置換体 16 の反応例を示したが、SF5 基の強い電子求引性
により Diels-Alder 反応や 1,3-双極子付加反応が比較的容易に進行する [24-26]。特
に、1,3-双極子付加反応は SF5 置換トリアゾール、ピラゾール、ピロールなど複素環
合成に有用である (Scheme 7) [25, 26]。
SF5X + C=C F5SC
C X
Initiation: SF5X Δ, hν or Initiator •SF5 + •X
Propagation: •SF5 + C=C F5SC
CH2
F5SC
CH2 + SF5X F5SC
C X + •SF5
Termination: •SF5 + •SF5 S2F10
Cl
Cl
SF5ClEt3B (0.1 equiv)CH2Cl2, -20 °C
Cl
Cl Cl
SF5 NaOEt
EtOH, rt, 15 min
SF5
10e 96% 12 79%
RSF5Cl, Et3B (0.1 equiv)
Hexane, -30 - 25 °C, 30 minF5S R
Cl
9a-c 10a R = n-C6H13 95%10b R = p-Tol 79%10c R = OAc 98% (57%, without Et3B, 95 °C, 15 days)
9e
SF5Cl, Et3B (0.1 equiv)
Hexane, -30 - 25 °C, 30 minF5S Cl
n-C6H13
10d 94%
n-C6H13
9d
LiOHDMSO
n-C6H13F5S
11d quant.
6
Scheme 7 SF5-アセチレンの合成と付加環化反応例
SF5Cl とケテンの反応で得られる酸塩化物 19 は通常の変換反応条件で、対応する
エステル 20、アルデヒド 21、アルコール 23(21 への RLi の付加)、フェニルケトン
24(AlCl3 を用いる Friedel-Crafts 反応)などを合成することができる (Scheme 8)
[27]。
Scheme 8 酸塩化物 19 の合成と変換反応の概要 a 位に SF5 基を有するアルデヒド 26 はアルケニルエーテル 9f と SF5Cl の付加体
10f の酸加水分解により合成できる (Scheme 9) [28]。アルデヒド 27 を用いた変換反
応例 (28-31 の合成) で示したように、SF5 基を損なうことなく反応がスムーズに進
行している。
H
BrF5S
Br
F5S
BrHF5S
120 °C
F5S Pt gauze
575 °C14 78% 12
F5S
PhN3
CuSO4, ascorbic acid70 °C, 24 h
NN
N
SF5
Ph
15 83%
Zn
KOH
13 (bp 6 °C)
F5S R
Cl
LiOHDMSO RF5S
16
N
CO2Me
135 °C Nt-Bu
CO2Me
RF5Sa) DDQ
b) CF3SO3H NH
CO2Me
RF5S
17 53-78% 18R = n-Bu, PhCh2CH2, Ph, p-Tol
H2C C OCFCl3, 25 °C, 2 days
SF5ClF5S Cl
O
19 95%
F5S OR
OF5S H
O
F5S R
OH
F5SO
C C OF5SH
F5S Br
20 21
22 23
24 25
7
Scheme 9
4 芳香族 SF5 化合物(ベンゼン誘導体)の合成法
芳香族 SF5 化合物の合成法に関するこれまでの展開の概略を図示した (Fig. 2)。
Fig. 2 に示したように、1962 年 Sheppard はジスルフィド (ArSSAr) と AgF2 との反応
で低収率ながら ArSF5 (収率 15-30%, Ar = m-, p-NO2Ph) が得られることを報告した。
その後顕著な進展は見られなかったが、この時から 50 年を経た 2012 年に Umemoto
が比較的安価な試薬を用いて緩和な反応条件で広範な基質に適用できる実用的な合
成法を発表した。Umemoto の報告に触発されて、2015 以降に部分的な改良が報告さ
れている。ここまでの経緯を以下に紹介する。
Fig. 2 芳香族 SF5 化合物合成法の展開の概略 実験上の注意点として、芳香族ジスルフィド (ArSSAr) や芳香族チオール (ArSH)
の ArSF5 への変換では、湿気は禁物で試薬や溶媒の十分な乾燥は必須である。さら
OEtSF5Cl, Et3B
Pentane, rt, 2 h OEt
Cl
SF510f 77%
HCl, AcOH
50 °C, 12 hH
O
SF526 73%
H
O
SF5
Bn OHSF5
28 81% (NaBH4)
Bn MeSF5
29 58% (MeLi, Et2O, -78 °C)
OHBn
SF5
30 80% [(EtO)2POCH2CO2Et,
BuLi, Et2O, 0 °C]
CO2Et Bn
SF5
CO2EtO
31 62%(Me2S=CHCO2Et)
9f
27
Me Me Me
SSR
R SF5R
Sheppard (1962)AgF2, fluorocarbon, Δ
Janzen (2000)XeF2, Et4NCl, DCM, rt
Two-step via unstable ArSF3Expensive reagentLow yield
One-step Expensive / explosive reagentLow yields
Philip (2000)10% F2/N2, MeCN, -5 °C
One-stepHazardous gas reagentSustrate limitation (R = NO2)Low yields
Umemoto (2012, Pat. 2008)Cl2, KF, MeCN, rtthen ZnF2, Δ, or HF or SbF3 / SbF5
Two-stepCheap reagent for the 1st stepMetastable / Useful intermediate: ArSF4ClHazadous gas reagent: Cl2Large scope of ArSSAr and ArSHGood yields
Shibata (2017)IF5, rt-65 °C for ArSF4Cl to ArSF5
Improvement of Umemoto's Protocol
Shibata (2017)Ag2CO3 (0.5 equiv), rt for ArSF4Cl to ArSF5
Togni (2019)N
N
N
O
ClO
OCl
ClDolbier (2015)
AgF, 60 °C for 2-PySF4Cl to 2-PySF5
TClCA for the 1st stepGas-reagent-free
ArSSAr Cl2, KFArSF4Cl
[F]ArSF5
8
に、反応容器の材質(フッ素ポリマーコーティングや類似の素材で ArSF4Cl を分解
させないもの)も反応の成否に影響する。
4.1 ジスルフィドと AgF2 の反応
1962 年 Sheppard は芳香族ジスルフィド (ArSSAr) を AgF2 で加熱処理(120-
135 °C)することにより、対応する ArSF5 が得られることを報告した [29]。高価な
AgF2 の使用、適用できる基質の制約、目的物の収率が低いことなどが問題点として
残されたが、この方法は長きにわたり用いられてきた。ニトロ基のような電子求引
基が置換した基質 32a, 32b では SF5 化合物 34a, 34b が純度よく単離されたが、無置
換のジフェニルジスルフィド 32c ではベンゼン環のフッ素化を伴った副生成物 34d
が目的とした PhSF5 34c との分離の妨げになっている (Scheme 10)。
Scheme 10
上記で得られたニトロ体 34a, 34b 用いて、種々の変換反応を行いながら SF5 基の
安定性など SF5 化合物の特徴を調べている。結果として CF3 化合物と同様な熱的、
化学的な安定性が確認されている。メタニトロ体 34a の反応例を示した (Scheme 11,
12)。ニトロ基の接触還元で得られるアニリン 35 はジアゾニウム塩 36 を経由する反
応で純粋な還元体 34c が合成でき、さらに Sandmeyer 反応 (ブロム体 37, フェノー
ル 38 への変換など) やジアゾカップリング反応においても SF5 基による副反応は見
られない。
Scheme 11
SF5 基の電子求引性により芳香族求電子置換の代表例である混酸を用いた SF3 ベン
SS AgF2
CCl2FCClF2
NO2
O2N50 °C, 1 h
ArSF3AgF2
120-135 °C, 2 h
SF5O2N
m-NO2 34a 30%p-NO2 34b 15%
m-NO2 32ap-NO2 32b 33a, b
S2
SF3or
32c 33c
AgF2
120-135 °C, 2 h
SF5 SF5F+
34c 9-14 % 34d
NO2F5S
34a
H2 / PtO2NH2F5S
35 90%
NaNO2
HX
N2 XF5S
36
H3PO2HF5S
34c
CuBr, HBr BrF5S
37
H3O+ OHF5S
38
9
ゼン 34c のニトロ化はメタ位 (34a, 80%)で進行する。ブロム体 37 の Grignard 試薬
40 への変換は系内に発生させた CH3MgI によるハロゲン-金属交換が適用されている
(Scheme 12)。
Scheme 12
4.2 ジスルフィドとフッ素ガスあるいは XeF2 の反応
上記の AgF2 を用いた Sheppard の報告から 40 年ほど経て F2 ガスあるいは XeF2 /
Et4N+ Cl- を用いた反応が報告された。Philip らが報告した F2 ガス (10% F2 / N2) を用
いる反応では、基質は電子求引性基(NO2, CF3)が置換したジフェニルジスルフィ
ド(例えば 32)に限定される欠点があるが、CH3CN 中低温(-5 °C)で反応は進行
し、中程度の収率で SF5 化合物 34 が得られる (Scheme 13) [30]。SF5 化合物 34 のニ
トロ基の接触還元は Pd-C 触媒が良いと報告している。さらに、ジアゾニウム塩経由
でヨード体 43 を合成し、Pd 触媒を用いた各種カップリング反応が SF5 基を損なう
ことなく進行することを示している。
Scheme 13
Janzen らはイオウ、セレン、テルル化合物の XeF2 による酸化的フッ素化反応の検
討の中で、ジスルフィド ArSSAr (Ar = Ph, p-MeC6H4) から ArSF5 生成についても述べ
ている [31]。実用的な合成法の開発を主眼とする実験ではないが、Et4N+ Cl- 共存下
PhSSPh と XeF2 は室温、30 分の反応で 25%の収率で PhSF5 34c が生成したと報告し
ている (Scheme 14)。
F5S
34c
HNO3, H2SO4
40 °C
NO2F5S
34a 80%
H2SO4, 100 °C S
39
OOF
BrF5S
37
Mg, CH3IEt2O
MgXF5S
40
CH3CHO F5S
41 44%
CH3
OHP2O5
100-170 °C
F5S
42 74%
SS 10% F2 / N2
CH3CN, -5 °C
NO2
O2N6-24 h
O2N
34a 3-NO2 39% 34b 4-NO2 41%
32a 3-NO2 32b 4-NO2
SF5
H2 / Pd-CEtOH, rt
H2N
SF5
35a 3-NH2 70%35b 4-NH2 48%
1) NaNO2, HCl
2) KI, 0 °CI
SF5
43a 3-I 63%43b 4-I 50%
SF5
I43a
SF5
Ph44a 93%
SF5
Ph45a 75%
SF5
CO2Me
PhB(OH)2, Pd(Ph3P)4, Na2CO3 H,Ph Pd(Ph3P)4Ph3P, Cu(OAc)2, i-Pr2NH
CH2=CHCO2MePd(OAc)2, Ph3P, Et3N
46a 65%
10
Scheme 14
4.3 ジスルフィドの塩素・フッ化カリウムによる酸化反応及び塩素-フッ素交換反応
Umemotoらは画期的で工業的にも実用的な ArSF5 化合物の合成法を2008-2010年に
かけて特許文献で2012年に学術論文で報告した [32, 33]。Umemoto は、SF4, DAST (Et2NSF3), Deoxofluor [ (MeOCH2CH2)2NSF3] を代替する優れた脱酸素フッ素化試薬と
して Fluolead ( 4-t-Bu-2,6-Me2C6H2SF3) の開発に成功している [34]。Fluolead の開発
過程で、KF あるいは CsF 共存下ジスルフィド ArSSAr を塩素ガスで処理するとき
目的の ArSF3 に加えて ArSF4Cl の生成を確認した。この発見を機にジスルフィド
ArSSAr あるいはチオールArSH からArSF4Cl を経由するArSF5 の二段階合成法を確
立した (Scheme 15)。
Scheme 15
まず、一段階目のArSF4Clの合成を示した (Scheme 16)。化学量論的には1 molの
ArSSAr に対して 5 mol の Cl2 と 8 mol の KF の反応であるが、反応を完結させて
目的の ArSF4Cl を収率よく得るためには、Cl2 は 7 mol 以上、KF は 16 mol 以上
用いる必要がある。反応はアセトニトリルを溶媒として氷冷下から室温で行われる
(Scheme 15, eq. 1)。反応例を示したが、収率は良好であり、ベンゼン環上に電子供与
基(メチル基、t−ブチル基)や電子求引基(ハロゲン、ニトロ基、スルホニル基)
いずれが置換しても好結果が得られている。
Scheme 16
SF4Cl 基は立体的に嵩高いためオルト位に臭素が置換したジスルフィドの反応では
立体障害の影響で 2-BrC6H4SF3 33k が主生成物となり、SF4Cl 体 47k の割合は 10%以
下である。
ArSSAr + XeF2 + Et4N+ Cl-CD2Cl2 (in PTFE-lined NMR tube)
rt, 30 min34c 25% (NMR)
SF5
ArSSAror
ArSH
Cl2, MF (M=K, Cs)
CH3CN, rtArSF4Cl
a) ZnF2, 100-150 °Cb) HF, -10-20 °C
c) SbF3 / SbX5 (X=Cl, F), rtArSF5
ArSSAr + Cl2 + MF (M=K, Cs) (1 mol) (5 mol) (8 mol) CH3CN, 0 °C - rt
ArSF4Cl (2 mol)
ArSF3
32 33 47
+ KCl or CsCl ( 8 mol)
SF4Cl
47c 88%
SF4Cl
47d 73%
4-24 h
Me
SF4Cl
t-Bu47e 84%
(from ArSH)
SF4Cl
47f 77%Br
SF4Cl
47b 60%NO2
SF4Cl
47g 97%SO2Me
SF4Cl
Br
47h 86%
SF4Cl
47i 87%F
FFSF4Cl
47j 86%F
FF
F F
> 7 mol > 16 mol
(eq. 1)
11
PhSF4Cl は熱的には比較的安定であるが、湿気に対しては徐々に分解する。例え
ば、含水クロロホルム中室温での半減期は 5 時間くらいであり、含水アセトニトリ
ル中室温での半減期は約 1 時間で、分解生成物として PhSO2Cl を生じる。 上記で得られた ArSF4Cl の塩素-フッ素交換反応は種々検討の結果、a) ZnF2 を用い
て 120−150°C の加熱、b) 工業的に実用性が大きい方法として低温 (-20 °C) から室
温での無水フッ酸処理や室温以上 (60 °C くらい)でも使用可能な HF-pyridine の利
用、c) 塩素-フッ素交換反応で高活性を発揮するフッ化アンチモン系試薬(SbF3 /
SbF5 or SbCl5, SbF5)の 3 つの方法を報告している。 ZnF2 の反応例を示した (Scheme 17)。ArSF4Cl の反応性はベンゼン環上の置換基の
性質が大きな影響をもたらし、無置換の PhSF4Cl 47c は 120 °C、20 h、34c 75%、電
子供与性のメチル基が置換した p-TolSF4Cl 47d は 90 °C、12 h、34d 71%、一方、電
子求引基のニトロ体 4-NO2C6H4SF4Cl 47b では 150 °C、72 h と高温、長時間を必要と
し、しかも目的の SF5 体 34b の収率は 36%と低かった。反応は N2 雰囲気下で行っ
ているが、興味深い知見として、一部の基質において N2 ガスフローでは反応速度の
低下が、一方 Cl2 ガス共存で著しい速度上昇が観察されている。例えば、Cl2 ガス雰
囲気下では PhSF4Cl 47c は 1.7 h と短時間の反応で PhSF5 34c が 92%の収率で得られ
ている。
Scheme 17
無水フッ酸 (HF) は沸点が 19 °C で腐食性や毒性が強いため一般の実験室では取り
扱いが難しいが、HF の移動や回収を含めた後処理に適した装置を用いる工業的な利
用では価格の点でも優れている。反応は室温以下 (15-20 °C)で行われ、無置換やメ
チル基のような電子供与性基を有する基質の場合は添加物として KHF2 を用いると副
反応の抑制に効果的で目的物が純度よく得られる。これは副反応がポリマー化やベ
ンゼン環の塩素化のためである。ハロゲンのような電子求引基が置換した基質では
KHF2 の添加は必要ないが、長時間を要する (Scheme 18)。
(2-BrC6H4S)2Cl2, KF
CH3CN, rt
SF4ClBr
SF3Br
33k : 47k = 11 : 1 33k 47k
+
SF4Cl ZnF2 (0.53-0.6 mol) / ArSF4Cl 47 (1 mol)
47
90 - 180 °C
SF5
34c 75%(120 °C, 20 h)
SF5
34d 71%(90 °C, 12 h)
Me
SF5
34f 79%(120 °C, 16 h)
Br
SF5
34b 36%(150 °C, 72 h)
NO2
SF5
34j 52%F
FF
F F
(150 °C, 4 h, 180 °C, 6 h)
R
12
Scheme 18
上記の ZnF2 や HF を用いる Cl-F 交換反応は、電子求引基が置換した基質は反応性
が低いため長時間を要することに加えて、目的の SF5体が低収率あるいは得られない
などの問題がある。これに対してはフッ化アンチモン系試薬(SbF3 / SbF5 or SbCl5, SbF5)
の利用が改善に寄与する (Scheme 19)。複数のフッ素置換体や SF5 基が 2 つ以上のも
のについても良好な収率で目的の SF5 化合物が得られている。
Scheme 19
4.4 Umemoto 法の改良など
Umemoto らによる画期的な ArSF5 の合成法が報告された後に、他のグループから基
質の拡大や改良法が報告されている。 2015 年 Dolbier らは 2-SF5-pyridine 合成に Umemoto 法を適用した時 Cl-F 交換反応の
段階で ZnF2 や SbF5, SbF5 は全く有効ではなく、AgF を用いることにより中程度の収
率 (38-66%、収率については生成物の揮発性の大きさの影響も指摘している)で種々
の置換基を有する 2-SF5-pyridine が得られることを報告した [35]。第一段階のピリジ
ルジスルフィド (PyS)2とCl2 / KFの反応から順に述べる。実験は十分に乾燥したKF、
CH3CN とフッ素ポリマー樹脂の反応容器の使用が必須とある。種々の(2-PyS)2 の反
応例を示した (Scheme 20)。3 位の置換基の立体的な嵩高さの影響については次に触
れるが、5 位に関しては種々の置換基のもので収率よく 2-SF4Cl-pyridine 49 が得られ
ている。ただし、2-SF4Cl-pyridine は安定性に乏しいため、直ちに第二段階目の AgF を
用いたフッ素化を行っている。
SF4Cl
47
-10 - 20 °C, 20 - 79 h
SF5
34c 62%(15 °C, 20 h)
SF5
34d 79%(15 °C, 20 h)(with KHF2)
Me
SF5
34f 77%(20 °C, 48 h)
Br
SF5
34m 76%
F
(15 °C, 20 h)
RHF / (KHF2)
SF5
34c 73%(15 °C, 20 h)(with KHF2)
SF4Cl
47
-60 °C - rt, 1 - 5 h
SF5
34n 76%
FFn
SbF3 / SbX5 (X=Cl, F)FC-72
FSF5
34o 70%
FF
F
(SbF5, rt, 5 h)(SbCl5, rt, 1 h)
SF5
34j 71%F
FF
F F
(SbF5, rt, 1 h)
SF5
34p 77%F
FF
(SbF5, to rt, 5 h)
SF5
34q 61%F
FF
F
(SbF5, rt, 4.5 h)
SF4Cl
47
-60 - -15 °C, 1.5 - 8 h
SF5
34r 57%
SbF3CH2Cl2 or FC-72R
SF5
SF5
34t 66%
SF5
SF4Cl
SF5
34s 71%SF5
Br
SF5
34t 66%
F
FSF5
SF5
34u 55%
SF5
F5S
13
Scheme 20
3 位の置換基の立体的な嵩高さの影響は顕著で、フッ素体では SF4Cl 化合物が選択
的に得られているが、Me, Cl, Br では嵩高くなるに連れて SF3体の生成割合が増加す
る (Scheme 21)。
Scheme 21
さらに、(3-PyS)2 や (4-PyS)2 では C-S 結合の開裂が進行するため、SF4Cl 体は得ら
れない。SOF2, SO2F2, SF5Cl の生成が確認されている (Scheme 22)。
Scheme 22
二段階目の Cl-F 交換反応は AgF を用いることにより成功している。反応は 2 当量
の AgF と 2-SF4Cl-pyridine 49 を無溶媒で 60-70 °C に加熱するものであるが、反応時間
は比較的長い。さらに、5 位の置換基が NO2 や CF3 のような電子求引基の場合は 2 位
の SF4Cl は脱離基として機能して対応する 2-F-pyridine 52 が生成する(Scheme 23)。
Scheme 23
これまで述べてきたように Cl-F 交換反応は未解決の課題を残していた。2017 年
Shibata らは IF5 を用いて飛躍的な進歩を実現した [36]。例えば、AgF を用いたとき
SF4Cl が脱離してフッ素体 52f を与えた 5-NO2-2-SF4Cl-pyridine 49f を IF5 (5 equiv)と反
応させたところ、目的とした SF5 体 51f が高収率 (97% NMR, 88% Isolated)で得られ
NS
S
NR
R
Cl2 (8 equiv)KF (16 equiv)
MeCN0 - 20 °C, 16-72 h N SF4Cl N SF4Cl
F
N SF4Cl
Me
N SF4Cl
R
R = Me, F, Cl, Br, NO2, CF349 2-SF4Cl-Py 80-95%48
NS
S
N R
R
Cl2 (8 equiv)KF (16 equiv)
MeCN0 - 20 °C, 72 h N SF3
R
N SF4Cl
R+ ratio (SF3 / SF4Cl)R
FMeClBr
0 : 10035 : 6550 : 5080 : 20
48 4950
N
S
2 N
S
2
Cl2, KF
MeCN, 0 - 20 °CC-S bond cleavage
SOF2 + SO2F2 + SF5Cl
N SF4Cl
49
R AgF (2 equiv)
60-70 °C, 15-72 h N SF5
51a 52%
N SF5
51b 66%
Me
N SF5
51c 45%
Me
N SF5
51d 40%
F
N SF5
51e 40%
Br
N SF4Cl
49f
O2N
N SF4Cl
49g
F3CAgF
N F
52f
O2N
N F
52g
F3C
14
ることを見出した (Scheme 24)。この好結果は IF5 に特異的で、基質のフッ素や塩素
と IF5 間の F-I、Cl-I といったハロゲン同士の相互作用を介した SNi 型の反応を提唱
している。
Scheme 24
次に IF5 を用いた反応例を示したが (Scheme 25)、先に報告された ZnF2 を用いて低
収率であったケースや AgF では Cl-F 交換反応がスムーズに進行しなかった CF3 置換
体 49g でも対応する SF5 化合物 51g が好収率で得られている。ZnF2 の反応では長時
間を要し低収率であったニトロ置換の基質でも SF5 化合物 34b は好収率である
(Scheme 17 参照)。また、メチル基やハロゲン置換のベンゼン誘導体では Cl/F 1:1 の
対応で反応が進行するので、4-BrC6H4SF5 34f のように IF5 は 0.2 当量用いて室温の反
応で良好な結果が得られている。
Scheme 25
さらに、Shibata は外部からのフッ化物イオン源が共存しない状態でも触媒量の
Ag2CO3 により ArSF4Cl の Cl-F 交換反応が良好に進行することを見出している
(Scheme 26) [37]。自己誘発的反応 (Self-immolative Reaction)と名付けていて、
ArSF4Cl と Ag2CO3 との反応で生じた Ag 中間体に対して別の ArSF4Cl がフッ素源と
して機能する反応経路を想定している。種々の置換基など適用可能な基質の範囲が
比較的広い特徴が見られる。詳細は原著論文を参照されたい。
Scheme 26
Umemoto 法の変法として、第一段階目で用いる気体の塩素ガスの代替として、安
価で常温で結晶性で取り扱いが容易な TCICA (trichloroisocyanuric acid)が良好な結果
N SF4Cl
49f
O2N IF5 (3-5 equiv)
neat, 65 °C, 14 h
N S
O2NF
FF ClF I
F
F
F
FF
N S
O2NF
FF Cl
F IF
F
F
F
F
SNi-like
N SF5
51f
O2N
43% (3 equiv)97% (5 equiv), 88% Isolated
TS-I TS-II
N SF5
51g
F3C
81% Isolated(IF5 5 equiv)
ArSF4ClIF5
65 °C, 14 h N SF5
51e
Br
68% Isolated(IF5 3 equiv)
N51h
71% Isolated97% NMR
(IF5 5 equiv)
SF5
F34b
75% Isolated89% NMR
(IF5 5 equiv)
SF5
O2N
34f77% Isolated
(IF5 0.2 equiv)rt, 24 h
SF5
Br
X SF4Cl
X = CH, N
R Ag2CO3 (0.5 equiv)
CH2Cl2 or neatrt - 100 °C, 12-72 h
SF5
34d 61% (78% NMR)
SF5
34f 60% (79%)
SF5
34b 66% (82%)
O2N
SF5
34m 57% (76%)
N SF5
51e 35% (46%)
BrMe Br F
15
を与えることが Togni らによって報告された [38]。フッ素ポリマー製ではなくホウ
ケイ酸ガラス製の反応容器を使用している。TCICA, KF に加えて 10 mol%のトリフ
ルオロ酢酸 (TFA) の添加により目的の ArSF4Cl が収率よく得られることを見出して
いる (Scheme 27)。反応例に示したように、アルキル基 (t-Bu で例示、収率 27%) のような電子供与性基の場合はベンゼン環の塩素化反応も競争的に進行するなどによ
り ArSF4Cl は低収率である。一方、水素、アシルオキシ基 (AcO)、アジド、ハロゲ
ン、ニトロ基、アシル基など静電的に中性から電子求引性の置換基を有するジスル
フィドでは ArSF4Cl は収率よく得られる。これらの反応例には多くの新規化合物が
含まれており、さらにトリアゾールやインダゾールなどの含窒素複素環の反応例な
どでも本法の有用性を述べている。SF4Cl 基は立体的に嵩高く、オルト位の置換基が
水素やフッ素以外では立体障害によって目的の ArSF4Cl は生成せずに ArSF3(例え
ば、塩素置換体 53)の段階で止まる。
Scheme 27
ここで得られた ArSF4Cl の Cl-F 交換反応では AgF / 100-120 °C を適用している
(Scheme 28)。アセトキシ体 47x の Cl-F 交換反応と引き続くエステル加水分解で SF5-
フェノール 34y が 68%の収率で得られている。従来、SF5-フェノール 34y の合成は
市販のニトロ体 34b を用いたジアゾニウム塩経由の多段階反応を要する。同様にエ
ステル誘導体 34v の合成についても、市販のニトロ体 34a からのルートも示した。
TCICA (18 equiv)KF (32 equiv)TAF (0.1 equiv)
CH3CN, rt, 12 hArSF4Cl
AgF (2 equiv)ArSF5ArSSAr
120 °C, 48 h
SF4Cl
RR H F Br NO2t-Bu AcO PhCO N3 PhthN
4747 Yield % 70 27 80 69 86 71 54 70 59
N SF4Cl
49f 62%
O2N
SF4Cl
47v 66%
EtO2C SF3
53 92%Cl
ClCl
SF4Cl47w 81%
Br N
N
SF4Cl
49h 84%
Cl
N
N
N
O
ClO
OCl
Cl
47, 49TCICA
16
Scheme 28
さらに、ArSF4Cl をビルディングブロックとして利用する例として、Et3B をラジ
カル開始剤に用いたアルケンやアルキンへの付加反応も示している (Scheme 29)。
Scheme 29
5 SF5 化合物の応用を指向した展開
CF3 化合物とりわけ芳香族 CF3 化合物は医薬品や農薬として多数の実用例がある。
CF3 基と比較したときの SF5 基の化学的安定性や大きな疎水性は CF3 基を SF5 基に置
き換えることで、より優れた薬効の発現に期待が持たれる。SF5 化合物の応用展開と
して、このような観点からの特許文献が多い。一方、種々の CF3 化合物や CF3 化試
薬の入手の容易さや、一般の実験室で容易に取り扱える CF3 化合物の合成法も多彩
であるのに対して、SF5 化合物に関してはすべての点で制約が大きい。ここでは数例
紹介するが、詳しくは総説などを参照ください [9]。 イネ科雑草や広葉雑草の除草剤 trifluralin の SF5 アナログ 55 が Welch らによって報
告された (Scheme 30) [39]。SF5 アナログ 55 の合成は市販のニトロ化合物 34b を用い
て非フッ素化合物で一般的な反応の適用で好結果が得られている。SF5 アナログ 55
の除草活性は trifluralin の約 5 倍と報告されている。
SF4Cl
AcO
47x
AgF (2 equiv)
120 °C, 48 h SF5
AcO
34x 77%
LiOH
SF5
HO
34y 68% (two steps)
SF5
O2N
34b
1) reduction2) diazotization3) bromination4) borylation5) oxidation
Commercially Available
SF4Cl47v
EtO2C
AgF (2 equiv)120 °C, 48 h SF5
34v 57%EtO2C
1) reduction2) diazotization3) bromination4) Grignard / CO25) esterification
SF534a
Commercially Available
O2N
SF5
N3
34y 63%
O
SF534α 57%
ArSF4ClAgF (2-4 equiv)
100-120 °C, 48 h SF5
CF3O
34z 72%
N
SF4Cl
MeO2C
PhEt3B (0.1 equiv)
DCM, rt, 1 h N
S
MeO2C
F
F
F
F Ph
Cl
54 84%47v'
17
Scheme 30
Welch らは選択的セロトニン (5-HT) 再取り込み阻害薬に分類される抗うつ薬
fluoxetine の SF5 アナログ 56 や関連の fenfluramine の SF5 アナログ 57 の合成と活性評
価を報告している [40]。両者の合成ルートを示したが、芳香族求電子置換反応で
SF5 基はメタ配向性 (34c から 37) であることや各種の反応において SF5 基が極めて
安定であることが確認できる (Scheme 31)。SF5 アナログ 56, 57 の 5-HT 受容体阻害
活性は元の CF3 体よりも高活性であり、特に SF5-fenfluramine 57 の活性増加は顕著で
ある。
Scheme 31
NO2
NO2N
CF3
NO2
NO2N
SF5
trifluralin 55
NO2
SF5
Commercially available
1) Fe / HCl (96%)Br
SF5
HNO3, H2SO4
1) 0°C - rt, 1 h 99%2) 80 °C, 19 h 73%
NO2
BrO2N
SF5
n-Pr2NH / NaOH
80 °C, 2.5 h2) NaNO2, HBr, CuBr67%
55
34b 34f
CF3
O
Ph NH
fluoxetine
SF5
O
Ph NH
56 SF5-fluoxetine
CF3
NHEt
fenfluramine
SF5
NHEt
57 SF5-fenfluramine
SF5
Br
HNO3H2SO4
0°C - rt, 1 h 99%
SF5
Br
34f
NO2
SF5
O
Ph NR
NaH, ROH
THF36%
NO21) Fe / HCl 90%
2) t-BuONO 33%3) DIBAL-H 80%
56 SF5-fluoxetine58
59 R = H60 R = Bz
BzCl, Et3N
SF5
O
Ph NH
85%
SF5 SF5
34cBr
37
NBS, H2SO4
90%
1) t-BuLi, DMF then H3O+
2) CH3CH2NO2NH4+ AcO-
SF5
61
NO2
50% (2 step)
1) LiAlH4 59%
57 SF5-fenfluramine2) CH3CHO NaBH(OAc)3
33%
SF5
NHEt
18
抗マラリヤ薬 mefloquine はキノリン骨格の 2 位と 8 位に 2 つの CF3 基を有してい
る。8 位に加えて 6 位や 7 位も SF5 基で化学修飾した多数のアナログの合成と構造活
性相関が Wipf らによって報告された [41, 42]。
これらの合成は SF5 置換アニリンの 3 つの異性体を用いて同じルートで行われ、
各段階とも異性体間での反応性の差はほとんど見られない結果が得られている (Scheme 32)。出発原料として用いる SF5 置換アニリンのうち 2-SF5-アニリン 67 は市
販されていなかったので、市販の 3-SF3−フェノール 38(Scheme 11 参照)からニト
ロ化、アミノ基への還元、Pd-HCOOH による還元的脱酸素化を含む 4 ステップで合
成している。SF5 アナログ 63-64 の抗マラリヤ活性は mefloquine を大きく凌ぐもので
はないが、血中濃度の保持では優れた数値が観察されている。
Scheme 32 液晶分野においてフッ素系化合物は重要な位置を占めている。下記に示したよう
な SF5 化合物の例も幾つか報告されている [43]。芳香族系の化合物 62 と脂肪族系の
化合物 65 の合成例を示した(Scheme 33)。
N CF3
NH
HO
CF3Mefloquine
N CF3
NH
HO
SF564 8-SF5-Mefloquine
N CF3
NH
HO
F5S
N CF3
NH
HO
F5S
62 6-SF5-Mefloquine 63 7-SF5-Mefloquine
6
78
23
45
HO
SF5
38Commercially available
1) Tf2O, Py 90%
2) HNO3, H2SO440 °C75%
TfO
SF565
NO2
H2, Pd-CAcOH, MeOH
80%
TfO
SF566
NH2
Pd(Ph3P)4, Et3NHCOOHdioxane
67SF5
NH2
F5SNH2
F3C OEt
O O
F5SN CF3
OH
6-SF5 44%7-SF5 75%8-SF5 46% (from 67)
POCl3 F5SN CF3
Cl
6-SF5 77%7-SF5 78%8-SF5 80%
NaH F5SN CF3
6-SF5 86%7-SF5 92%8-SF5 80%
NNC
4-SF5 3-SF52-SF5
PPA, 150 °C
F5SN CF3
6-SF5 85%7-SF5 92%8-SF5 85%
NO
H2O2
AcOHH2, PtO2, HCl
EtOH
N CF3
NH
HO
F5S
42% (dr> 20 : 1)
N CF3
NH
HO
46% (dr> 20 : 1)
F5S
Commercially available
6
78
2
34
5
N CF3
NH
HO
SF5
47% (dr> 20 : 1)62 63 64
Synthesized
2-Py-CH2CN
19
Scheme 33
おわりに
前回に引き続いて今回は芳香族 SF5 化合物の合成法と SF5 化合物の応用例のごく一
部を紹介した。CF3 化合物に比べて入手容易な SF5 化合物も利用可能な SF5 化試薬も
まだまだ限られていて今後の進展が望まれる。さらに、医農薬や材料分野では SF5 化
合物の特徴について多くの興味ある知見が蓄積されてきたところであり、さらなる実
用レベルまでの発展を期待する。 引用文献 [1] 田口武夫, ダイキンファインケミカル WEB マガジン 2019 年 8 月号
http://www.daikin.co.jp/chm/products/fine/webmaga/201908.html
[2] C. Hansch, A. Leo, R. W. Taft, Chem. Rev. 1991, 91, 165-195.
[3] a) W. A. Sheppard, J. Am. Chem. Soc. 1963, 85, 1314-1318. b) I. W. Serfaty, T. Hodgins, E. T. McBee, J. Org. Chem. 1972, 37, 2651-2655.
[4] K. Müller, C. Faeh, F. Diederich, Science 2007, 317, 1881–1886.
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derivatives: P. Kirsch, M. Bremer, Angew. Chem., Int. Ed. 2000, 39, 4216-4235.「
[6] フッ素化学入門2010-基礎と応用の 前線」日本学術振興会フッ素化学第155委員
会編、三共出版、2010年.
[7] Review “Fluorine in medicinal chemistry”: S. Purser, P. R. Moore, S. Swallow, V.
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SF5Br C3H7
ArB(OH)2cat. Pd(Ph3P)4, NaOH
toluene, rt, 2 daysSF5
62 23%34f
C3H7
H
H
SF5Br cat Et3Bheptane,
-20 °C, 2 hH
63 64 85%
SF5
Br KOH
35 °CC3H7
H
H65 74%
SF5
20
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