児童の加法・減法の方略の進展を促す指導についての研究kenkyu/130503.pdf ·...

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児童の加法・減法の方略の進展を促す指導についての研究 -学年が進んでも素朴な方略を使い続ける児童の考察から- A study on teaching to foster the development of children’s strategies of addition and subtraction. 湯澤敦子 YUZAWA , Atsuko 宇都宮大学教育学研究科 Graduate School of Education Utsunomiya University 日野圭子 HINO, Keiko 宇都宮大学 Faculty of EducationUtsunomiya University [要約]本研究の目的は,児童の加法・減法の方略の実態を捉え,そこにはたらきかけることを通して,児童の 方略の進展を促す指導,特に教具を用いた学習活動,を提案することである。児童の実態に応じた指導について の情報を得るために,高学年になっても素朴な方略を用いている児童に対し対象児の実態を把握し,それに応じ た教具の活用の工夫をした個別指導を試みた。その結果,教具の特徴を生かした使用の場面を考え,具体的な操 作活動を行うことで,既知の理解として身についている内容と不十分な理解の内容とがつながることがわかった。 [キーワード]:加法・減法,教具,方略,活動主義,加法方略の発達モデル 1.はじめに 小学校低学年の算数科の指導において,数と計算領 域の学習は重要であり,これからの算数の学習の基本 ともいえる。小学校 1 年の入門期では,数の意味と数 の表し方(1対1対応,個数や順序を数える,大小比 較,数の合成分解,十進位取り記数法の基礎(20 までの )など),加法・減法と順序立てて指導が行われる。加 法・減法の学習では,10 の構成を意識した計算方法の 理解を元に,学習が進められていく。一方,児童の様 子を観察していると,学習の初期には,順に数えたり, 数え足しや数え引きなどをしたりと素朴な方略を用い る者が多いが,次第に 10 の構成を意識した方略へと移 行していく。しかし,学年が進んでも素朴な方略を使 い続けたり,一見進んだ方略を用いているようである が,方略のよさがわからず,それを積極的に使おうと する気持ちを持てないでいたりする児童が存在する。 彼らにとって,10 の構成を意識した計算方法への進展 は指導によってどのように促されていくのかという課 題が生まれる。児童の発達に待つ部分もあるが,理解 を促す学習の展開を工夫することが方略の向上につな がると考える。 これらの課題意識から,本研究では,児童の加法・ 減法の方略を捉え,そこにはたらきかけることを通し て,児童の方略の進展を促す指導,特に教具を用いた 学習活動,を提案することを目的とする。 本稿では,児童の実態に応じた指導についての情報 を得るために,高学年になっても 10 の構成を意識した 計算方略を用いることが難しい児童に個別に指導を行 うことにより,対象児童の方略の実態を探るとともに, 実態を踏まえた教具の活用により,児童の方略にどの ような変化が見られるかを考察する。 2.繰り上がりのある加法,繰り下がりのある減法の 指導について 算数科における「計算」の指導内容として片桐(1995) は,次の 4 点をあげている。 ①計算の用いられる場合とその計算の意味 ②各計算の性質の理解と利用 ③計算の仕方の理解 ④演算決定や形式的な計算の習熟 本稿では,「③計算の仕方の理解」に注目していく。 松原(1981)は,繰り上がりのある加法について,「1 位数+1位数の基数どうしのたし算は, 1 年の計算の重 要教材であり,将来への基礎となるものである。計算 は計算することによって数の構成,ここでは,「一の位 の数が十になったら,10 という単位が1つでき,十の 位におきかえる」という数の十進構造そのものを学ん でいることである。」と述べている。また,坪田(2006) は,1 年生の加法と減法の学習について「答えが 10 超える場合には,10 をつくって,あと残りがいくつか と考えさせることで,少しでも論理的に説明できるよ 19 科教研報 Vol.28 No.5

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Page 1: 児童の加法・減法の方略の進展を促す指導についての研究kenkyu/130503.pdf · ,Fuson(1992)の加法・減法の方略の発達 モデルを参照する。(以下では,紙面の都合上,加法方

児童の加法・減法の方略の進展を促す指導についての研究

-学年が進んでも素朴な方略を使い続ける児童の考察から-

A study on teaching to foster the development of children’s strategies of addition and subtraction.

湯澤敦子

YUZAWA , Atsuko

宇都宮大学教育学研究科

Graduate School of Education Utsunomiya University

日野圭子

HINO, Keiko

宇都宮大学

Faculty of EducationUtsunomiya University

[要約]本研究の目的は,児童の加法・減法の方略の実態を捉え,そこにはたらきかけることを通して,児童の

方略の進展を促す指導,特に教具を用いた学習活動,を提案することである。児童の実態に応じた指導について

の情報を得るために,高学年になっても素朴な方略を用いている児童に対し対象児の実態を把握し,それに応じ

た教具の活用の工夫をした個別指導を試みた。その結果,教具の特徴を生かした使用の場面を考え,具体的な操

作活動を行うことで,既知の理解として身についている内容と不十分な理解の内容とがつながることがわかった。

[キーワード]:加法・減法,教具,方略,活動主義,加法方略の発達モデル

1.はじめに

小学校低学年の算数科の指導において,数と計算領

域の学習は重要であり,これからの算数の学習の基本

ともいえる。小学校 1 年の入門期では,数の意味と数

の表し方(1対1対応,個数や順序を数える,大小比

較,数の合成分解,十進位取り記数法の基礎(20 までの

数)など),加法・減法と順序立てて指導が行われる。加

法・減法の学習では,10 の構成を意識した計算方法の

理解を元に,学習が進められていく。一方,児童の様

子を観察していると,学習の初期には,順に数えたり,

数え足しや数え引きなどをしたりと素朴な方略を用い

る者が多いが,次第に 10 の構成を意識した方略へと移

行していく。しかし,学年が進んでも素朴な方略を使

い続けたり,一見進んだ方略を用いているようである

が,方略のよさがわからず,それを積極的に使おうと

する気持ちを持てないでいたりする児童が存在する。

彼らにとって,10 の構成を意識した計算方法への進展

は指導によってどのように促されていくのかという課

題が生まれる。児童の発達に待つ部分もあるが,理解

を促す学習の展開を工夫することが方略の向上につな

がると考える。

これらの課題意識から,本研究では,児童の加法・

減法の方略を捉え,そこにはたらきかけることを通し

て,児童の方略の進展を促す指導,特に教具を用いた

学習活動,を提案することを目的とする。

本稿では,児童の実態に応じた指導についての情報

を得るために,高学年になっても 10 の構成を意識した

計算方略を用いることが難しい児童に個別に指導を行

うことにより,対象児童の方略の実態を探るとともに,

実態を踏まえた教具の活用により,児童の方略にどの

ような変化が見られるかを考察する。

2.繰り上がりのある加法,繰り下がりのある減法の

指導について

算数科における「計算」の指導内容として片桐(1995)

は,次の 4 点をあげている。

①計算の用いられる場合とその計算の意味

②各計算の性質の理解と利用

③計算の仕方の理解

④演算決定や形式的な計算の習熟

本稿では,「③計算の仕方の理解」に注目していく。

松原(1981)は,繰り上がりのある加法について,「1

位数+1位数の基数どうしのたし算は,1 年の計算の重

要教材であり,将来への基礎となるものである。計算

は計算することによって数の構成,ここでは,「一の位

の数が十になったら,10 という単位が1つでき,十の

位におきかえる」という数の十進構造そのものを学ん

でいることである。」と述べている。また,坪田(2006)

は,1 年生の加法と減法の学習について「答えが 10 を

超える場合には,10 をつくって,あと残りがいくつか

と考えさせることで,少しでも論理的に説明できるよ

19

科教研報 Vol.28 No.5

Page 2: 児童の加法・減法の方略の進展を促す指導についての研究kenkyu/130503.pdf · ,Fuson(1992)の加法・減法の方略の発達 モデルを参照する。(以下では,紙面の都合上,加法方

うに期待している。」「『計算の仕方』そのものも,子ど

も自らが考える時間を取って,発見的に学ばせようと

いうのが大きな考え方である。」と述べている。加法・

減法の学習において,その意味や計算の仕方を考える

活動が,単に計算の技能を高めるためだけではなく,

数学的な考え方の向上,数と計算領域の基礎を築く大

切な学習であることを示している。

片桐(1995)は,計算の指導内容の中で計算方法を発見

させ,理解させることの価値として,「自分で見つけた

ものは印象が強く忘れがたいし,忘れたり誤ったとき

には,この見つけたときの過程を踏み直して再びつく

りなおすことが期待できるのである。このように自ら

見いだす方がよりよく身につくということが期待でき

るのである。」と述べている。

繰り上がりのある加法の指導については,志水(1984)

が理論的考察及び,実証的考察より加数分解を先に指

導した方が望ましいと述べている。各教科書をみても,

導入の課題は加数を小さくし,加数分解で考えやすい

ようになっている。

また平井(1991)は,たし算の方略と子どもの形成され

ている COMPOSITE UNIT との関係について分析し,

COMPOSITE と道具(具体物と指)の関係を示している。

計算の仕方の理解の指導については,多くの優れた

実践が行われている。その中に,教具を用いた操作的

活動もよく取り入れられている。しかし,実際の児童

の様子をみているとその学び方は様々であり,個の実

態に応じた指導の必要性を感じる。本稿では,計算が

苦手な児童が教具をどのように使い,どのように計算

の仕方を理解していくかの過程を見ていくことで授業

への示唆を得られると考える。

3.研究の視点

1)Fuson の加法方略の発達モデル

本研究では,児童の加法・減法の方略とその進展を

捉えるために,Fuson(1992)の加法・減法の方略の発達

モデルを参照する。(以下では,紙面の都合上,加法方

略に限定して述べる.)

Fuson(1992)は,児童の加法の方略がどのように変化

していくのかを観察し,加法方略の発達モデルを示し

た(図1は,4つのレベルを示す。)。これは,Fuson

の数唱のモデル(①糸状段階,②分割できない段階,③

分割できる段階,④数量化段階,⑤2方向段階)とも大

きく関係するとされている。

以下では,このモデルを用いて,児童の加法(減法)

の方略のレベルを同定していくことにする。

2)教具の利用とその役割

児童の加法・減法の方略の進展を促す上で,それま

で様々な方法や工夫が提案されてきている。本研究で

は,操作活動をすることで,その過程により刺激され,

誘発される思考が方略の進展を促すであろうという理

由から,教具を活用した指導に注目している。

平林(1987)は,数学を人間の内にいたるものと考え,

これまでの外在的数学観による数学教育に異を唱え,

児童の内部での再生産という形の学習をする新しい数

学教育学の必要性を説いている。その対象として,「そ

れは,人間の活動性,特に数学的活動性と称せられる

べきものであろう。」とし,数学教育の活動主義を主張

した。その中で,教具については,「このように,数学

的教具の概念を定めるものは,その物的質ではなくて,

それがいかに使用されるかということ,つまりそれに

対する児童の活動性であると言える。」と述べ,教具の

使用について,児童がどのように活動するのかという

点に価値を見いだしている。

また,中原(1995)は,構成的アプローチを提唱する中

で,操作的表現(具体的な操作的活動による表現,人為

Level 1(以下 L1)

被加数,加数をそれぞれ指で示し初めから数える。(4+3)

①②③④ ①②③

1, 2, 3, 4 5, 6, 7

Level 2(以下 L2)

被加数,加数とも指で示すが,被加数はまとまりと捉え,

加数分を数えていく。L2-ⅰ

聴覚的な捉えをする。加数分を数えていく。L2-ⅱ

①②③④ ①②③

4 5, 6, 7

Level 3(以下 L3)

被加数分は,まとまりとして捉え,加数分を順に数えてい

く。(この方法は,8+6 のような被加数,加数がともに 5

より大きい計算でも解決できる)

⑧ ① ② ③ ④ ⑤ ⑥

8 9,10,11,12,13,14

Level 4(以下 L4)

10 の補数関係,もしくは既知の計算を活用した方略。

8+6=8+2+4=10+4=14

6+7=6+6+1=12+1=13

図1 Fuson の加法方略の発達モデルの Level

20

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的加工,モデル化が行われている具体物,教具等に動

的操作を施すことによる表現)の役割として「自力によ

る問題解決を可能とする」「概念,原理,法則等の構成,

発明を可能とする」としている。そして,操作的表現

について「数学教育において,認知的な面においても

情意的な面においても,実際的に重要な役割を果たす

ことが明らかにされたと考える。」と述べている。

本研究においても,教具の物的質だけではなく,そ

れがどのように使われているかという点が本質的であ

ると考え,以降教具と児童との相互作用を計画し,評

価・改善することで,児童の方略の進展にはたらきか

けていく。

4.児童の方略の進展を促す指導の試み

1)対象児童について

小学校 5 年男児(以下 A とする)。栃木県内小学校通

常学級在籍。低学年から通級指導教室に通う。学習に

は,勤勉に取り組むことができる。特に算数科の学習

に困難が見られる。計算領域については,学習してい

ることの意味を十分理解していないため,操作的な手

順は身についているが,実際にうまく活用できないこ

とも多い。

2)指導前の様子

2013 年 9 月に実態調査を行う。A は,10 の補数を正

しく言うことができる。また,整数の加法・減法につ

いては,筆算のアルゴリズムは身についている。しか

し,和が 18までの加法・減法の自動化がされていない。

10 の構成を意識した計算方法(計算を考えるための表

記の仕方より「さくらんぼ計算」と呼ばれることが多

い,以下この通称を用いる)については知っているが,

その手続きについて十分理解されておらず,時折,指

導者の言葉がけが必要であり,自ら進んで活用するま

でには至っていない。多くの場合は,数え足し,数え

引きの方略を用いている(FusonのL2,L3)。そのため,

計算に時間がかかり,誤答も多いことから,特に減法

については,かなり苦手意識が強い。

本児の課題としては,次の 2 点をあげる。

①数の構成について再度確認する。特に 10 のまとまり

のよさに気付くことと数の合成分解が速やかにできる

ようにすること。

②加法・減法の計算において,10 の構成を意識した計

算方法の理解を深める。その際に,形式としての理解

から,計算方法の意味理解につなげる。とくに 10 の補

数については自動化されているので,計算形式の中で,

10 の補数がどのように扱われているのか教具を用いて

視覚的に捉えられるようにすること。

3)指導方法

9 月より,週に 1 回,整数の加法減法に関わる指導を

実施する。主な内容は,次のとおりである。

指導①:数の構成について

指導②:10 の補数,他の 1 位数の合成分解

指導③:繰り上がりのある加法(和が 18 まで)

指導④:繰り下がりのある減法(被減数 18 まで)

指導⑤:2桁の加法の筆算

指導⑥:2桁の減法の筆算

4)教具について

指導を行うにあたり次の教具を用いることにした。

教具①:ブロック(一辺が2㎝の立方体とそれを 10 個

つなげたもの)

教具②:ドットカード

教具③:数カード

教具④:計算カード

5.結果

1)加法の指導について A は,和が 10 までの加法

については,ほぼ自動化されていて,数え足しがあっ

てもそれほど時間がかからず解決できている。しかし,

10 の補数は自動化されているのに,繰り上がりがある

場合は,数え足しを行うため,(L2,L3)かなり時間

がかかった。このことから,補数の理解がより進んだ

方略に結びついていないことが考えられた。また,口

頭の問いかけでは,被加数,加数に関わらず,大きい

数に小さい数を加えていけばよいことがわかるのに,

「さくらんぼ計算」の場合は,被加数分解の方法で解

決している。このことから,A は,大きい数に小さい

A の計算方略(指導前)

8+7:指を7つ立てて,「⑧,9,10,11,12,13,14,15」

と数える。もしくは,頭の中で数えていく。

さくらんぼ計算 14-8:形式は書くことができる。

T 14 はいくつといくつに分ける?

A 10 と 4(○に書き込む)

T 10 から 8 を引くと?

A 2(書き込む)

T 2 と 4 を合わせて?

A 6(書き込む)

※この後,練習問題を解くが,なかなか自分の力でできない。

14-8= 6

/\

⑩ ④

21

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数を加えるよさに気付きながら,「さくらんぼ計算」と

いう形式を用いた解決の場面では,それを生かすこと

ができない様子であった。

そこで,指導①と加法計算の意味理解をつなげる指

導を試みた。(図2)ここでは,加法の結果として総数

のブロックを並べていた A が,10 をつくることで「10

といくつ」という数えやすさがわかり,次第に 10 のま

とまりをつくる並べ方に変わっていった。

次に,教具②を用い,10 にするために,加数からい

くつ持ってくればよいのか視覚的に捉えさせる指導を

行った(図3)

ドットカードは,5 のまとまりで表されている。A は,

その並び方から,被加数にあといくつ加えれば 10 にな

るかを容易に数えることができた。そのため,加数を

いくつに分解すればよいか答えられるようになった。

この指導後,計算カードを用いて,計算の規則性を

考える活動を行った(計 3 回)。被加数から加数をどの

ように分解すればよいのか,和の一の位の数が,加数

の分解した数と合致するということを確かめていった。

A は,1 位数同士の繰り上がりのある加法の計算(36 通

りの式)をばらばらなものとして見ていたが,整理して

いくことで,被加数の大きさに応じて加数の処理がで

きるようになり,3 回目には,全てのカードの答えを速

やかに言うことができるようになった。(図4)

3)減法の指導について

当初,A は自動化されている一部の計算を除き,被

加数が 18 まで減法は,数え引きの方略(L3)で解決し

ていた。そのため,数え間違いが多く,時間もかかっ

ていた。そこで,教具①を用い,加法と同様,指導①

と関連させる指導を試みた。(図5)

8+5(教具①:ブロックを用いて)

T ブロックで 8+5 を考えてみよう。

A (ブロックを 8 こ 5 こそれぞれ並べる)

T あわせるといくつ?

A (あ)2 列に並べる。(その後数えて) 13。

T わかりやすく並べてみよう。

A (い)10 のまとまりを作る。

T (10 のまとまりのブロックを重ねて)(う)これで

A 10。

T あといくつ?

A 3。

T だから?

A 10 と 3 で 13。

(あ) (い) (う)

図2 10 の構成を意識する指導

図3 被加数と加数の関係を意識する指導

8+5(教具②:ドットカードを用いて)

T 8+5 をドットカードで出してみよう。

A それぞれカードを出す。

T どうやってたす?

A こっち(左側:被加数)を 10 にする。こっち(右側

加数)から 2 もってくる。

T (移動した 2 個分を指で隠す)のこりは?

A 3

T すると?

A 10 と 3 で 13

計算のきまり(教具④:計算カードを用いて)

T (繰り上がりのある加法の計算カード 36 枚を出して)

この中ですぐに答えが出せるものと出せないものに分け

てみよう。

A (計算しながらカードを分ける)

※その後,T がそれぞれのカードの答えを言わせ,答えがすぐ出

せるかどうかを一緒に確認する。

T (自動化されている,9+3 と 3+9 のカードを示して)

このカードの答えは?

A 同じ

※交換法則を確認し,すぐに答えが出せたカードの中からペアに

なるカードを並べさせる。そのように整理していくと,すぐに答

えが出せないカードと出せるカードのペアがあることが分かる。

T 並べてみると「9+○」の仲間が,できたカードのペ

アが少ないね。

T (ドットカードを用いて図3の指導をもう一度行う。今

度は,被加数を9に固定し,加数分だけ数を変えていく。)

A (加数カードのドットを指で隠しながら計算していく)

T 「9+○」の計算で気付いたことはある?

A こっち(加数)の数が 1 減る。

T そうだね。すると「9+○」の計算は,○の数が 1 減

って答えがわかるね。

図4 被加数と加数の関係を見つける指導

22

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次に,「さくらんぼ計算」での解決を試みた。しかし,

手順が A にとっては,煩雑であり,なかなか定着しな

かった。そこで,もう一度ブロックやドットカードに

戻り考えるようにした。そうして,10 の補数と分けた

数を加えればよいことを確認した。さらに,10 の補数

のみ書き込む方法をとるようにしたところ(図6)納

得したようだった。その後,20問計算を行ったが,

ほとんど手が止まることなく自力で解決できた。

図6 計算の仕方の改善

最後に 2 位数同士の減法の筆算について指導した。

筆者は,A は筆算のアルゴリズムは身についており,

被加数が 18 までの繰り下がりのある減法についても,

十分できるようになったので,解決できると思ったが,

実際には,14-8のような計算が,数え引きに戻っ

てしまった。横書きの式で,解決できたことが,筆算

形式になったとたんにできなくなったのである。これ

は,筆算の手続きの中に,14-8 のような計算がつなが

らないためと考えた。そこで,図7のような手順を

図7 筆算への書き込みの指導

踏んで指導を試みた。従来の筆算形式の中に 10 の補数

を書き込むことで,横書きの計算が筆算とつながり,

解決できるようになった。この学習の後,筆算の仕方

について A なりの言葉でまとめたものが図8である。

図8 Aによる筆算の仕方のまとめ

表1に示すのは,9 月(1 回目)と 3 月(2 回目)に実施し

た計算テストの結果である(筆算問題各 10 問)。ひき

算については,正答数,所要時間とも向上が見られる。

6.考察

1)L3→L4 への移行

A は,当初数え足し,数え引きという素朴な方略

(L2,L3)を使い続けていた。しかし,今回の指導によ

り,10 の構成を意識した計算方略(L4)に進展する様

子がみられた。この点についてまず考察していきたい。

①加法の指導について

A は,加法の意味は理解できていたが,計算方略は

素朴なままであり,ブロックを並べて数えたり,指を

用いて数え足しをしたりするにとどまっていた。そこ

で,10 のまとまりを意識させる活動を取り入れた。そ

の際,10 のまとまりのブロックを使うことで,「10 と

いくつ」ということを視覚的にも捉え,その後は,10

のまとまりをつくろうとする様子が見られた。これは,

10 にするよさに気付いたと考える。その後ドットカー

ドを用いて,被加数の大きさと加数の分解の意味を考

えるようにした。被加数により,加数をどのように分

解すればよいのか。分解した残りの数が,和の一の位

になることを教具の操作を通して,確認していった。

ブロックと違い,ドットカードは固定されているので

操作がしやすい。また,視覚的に数の構造を捉えやす

い利点がある。

その後,10 の構成を意識した活動を取り入れたり,

ドットカードを用いたり,L4 の方略の理解を促す活動

図5 ブロックの操作を用いた計算の意味理解の指導 表1 計算テストの結果

23

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を通して,10 の構成を活用している「さくらんぼ計算」

を形式としてではなく,その意味を再理解し,自分の

ものとして利用できるようになっていったと考える。

②減法の指導について

A は,10 の補数については,自動化されていた。こ

れは,低学年の時に練習し,十分習熟されていたと考

える。しかし,それが計算の方略の中に生かされてい

ないため,繰り下がりのある減法についても数え引き

の方略(L2,L3)にとどまっていた。教具①を用いた

10 の構成の再理解と,「さくらんぼ計算」のそれぞれの

数の持つ意味をつなげること,減法に関して教具②を

活用し,10 の補数と加数の関係を可視化したことが有

効であった。これは,当初 A は,ブロックを 5 のまと

まりで並べていたことからわかるように,5 の意識はあ

ったこと,ドットカードが 10 の構成や補数関係をイメ

ージしやすく,数の操作が簡単であることが理由とし

て考えられる。この内容の指導では,多くがブロック

を用いて指導されるが,十進位取り記数法の理解には

よいが,視覚的に 10 個たてに並ぶのは量として捉えに

くく,5 のまとまりで並ぶドットカードの方が捉えやす

いことがわかる。

また,「さくらんぼ計算」の書き込む数を1つに減ら

したことで,計算がかなり速やかにできるようになっ

たことは,手続きが簡単になったからだけではなく,

それまでの教具①②を用いた活動と「さくらんぼ計算」

(L4)の意味がつながり,自分の方略として活用でき

るようになったためと考える。

2)既存の知識をつなげる活動

A は,加法の計算では,当初「さくらんぼ計算」に

おいて,被加数分解の方略をとり,被加数,加数にか

かわらず,大きい数に小さい数を加えればよいことに

気付きながら,それを生かすことができなかった。こ

れは,方略として,それぞれが別物であり,つながり

が十分でなかったと考えられる。また,計算の式がす

べてバラバラに捉えられていた。計算カードを用いて

決まりを見つける活動は,それまでのドットカードを

用いた経験と重なり,被加数の大きさで加数をどのよ

うに分解すればよいのか確かめることができ,そのた

め,計算の労力の軽減につながったと考える。

また,2位数同士の減法の筆算になったとたん,今

までできていた14-8のような計算が数え引き(L3)

になってしまったことは,注目すべき点である。多く

の児童が該当するわけではないが,A の様に既習事項

が新しい表現方法になったときにつながらず,「別物」

として扱われてしまうことがあるのではないか,指導

者として,十分気を付けなければならない点である。

7.おわりに

児童の実態に応じた指導により,計算方略の進展が

みられ,その際に教具の活用が有効であることがわか

った。当初 A は,計算に自信が無く,活動の様子も消

極的であった。しかし,指導を重ねていく中で,図8

に見られるように自分の言葉で筆算の仕方を表現でき

るようになった。さらに,主体的に考えようとしたり,

自信を持って計算問題に取り組んだりする姿が見られ

るようになった。対象児童は,今回の内容を該当学年

で一度学習済みである。そのため,知識として得てい

たもの(例えば,筆算のアルゴリズムなど)と理解が

不十分なもの(例えば,数の構成)が混在している状

況であった。それを再度学習することで,それぞれを

つなぐことができた。該当児童が,未学習の 1 年生で

あると,それぞれが持つインフォーマルな知識と結び

つけていくため,指導のアプローチや配慮する点も今

回のケースと多少変わってくると考える。しかし,一

律の指導では十分理解できなかった児童に,個の実態

に応じた指導を心がけることで,変容がみられたこと

は,個に応じた指導の必要性と適切な教具の活用の有

効性を今後の指導の示唆として示してよいと考える。

筆者は,低学年における加法・減法の方略の進展につ

いて研究を進めていきたいと考えている。今回得られ

た知見を元に教具の役割を再度確認し,それを生かし

た授業構成,指導の工夫を考えていきたい。

引用文献

1)片桐重男(1995)『数学的な考え方を育てる「加法・減法」の指導』

明治図書 p.23

2)坪田耕三(2006) 基礎・基本の考え方(4)-たし算-『指導と評価』

第 52 巻 10 月号 p.48

3)松原元一(1981)『算数児童の考え方教師の導き方1年』国土社

p.165

参考文献

1)Fuson,K.C. (1992)『Research on learning and teaching addition

and subtraction of whole numbers』pp.81-97

2)志水廣(1984)『繰り上がりのあるたし算では,なぜ,加数分解を

行うのか』日本数学教育学会 66(12),pp. 226-231

3)中原(1995)『算数・数学教育における構成的アプローチの研究』

聖文社 pp.199-209,pp.223-226

4)平井安久(1991) 『児童のたし算ストラテジーに関する一考察』

数学教育論文発表会論文集 24 pp. 73-78

5)平林一榮(1987)『数学教育の活動主義的展開』東洋館出版 p.26,

p.349

24

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シンガポールの理科教科書における自然の統合的理解に関する研究

A Study on the Integrated Comprehension of Nature in Science Textbooks of Singapore

〇栃堀亮*,片平克弘**

TOCHIBORI Ryo*,KATAHIRA Katsuhiro**

筑波大学大学院教育研究科*,筑波大学人間系**

Graduate School of Education,University of Tsukuba*,Faculty of Human Sciences,University of Tsukuba**

[要約] 本稿では,「自然の統合的理解」を促す上で必要となる視点を探ることを目的とした。我が国の「総

合理科」に関する文献や,シンガポール及び我が国の中学校における理科教科書を分析し,次の二点を明らか

にした。(1)我が国の「総合理科」の取組みに鑑みると,生徒に「自然の統合的理解」を促すためには,物理・

化学・生物・地学の 4 分野に共通して含まれている見方を示す必要がある点。(2)そのような見方の一つと

して,シンガポールの中学校理科教科書に示されている「モデル」が挙げられ,その取扱いに関しては,物理

分野,生物分野,地学分野からも再考する必要がある点。

[キーワード] 自然の統合的理解,総合理科,シンガポール,教科書,中学校,モデル

1.はじめに

かねてから,我が国の理科教育における学習内容

は物理・化学・生物・地学の各分野に分化されて扱

われてきた。そのような潮流は今日まで続いており,

物理・化学・生物・地学の科目区分がない中学校に

おいてもそれは見られる。我が国の現行中学校理科

教科書を見ると,物理・化学・生物・地学の 4 分野

の単元が並べられているだけに留まり,単元間のつ

ながりはほとんど見られない。

一方,田中(1973)の主張を援用すれば,実生活

において大部分の人は,物理,化学,生物,地学を

経験するわけではなく,自然の事物・現象を一つの

事物あるいは現象として認知することが指摘される。

しかしながら,先述したようにこれまでの我が国に

おける理科教育は自然現象を物理・化学・生物・地

学に分ける,いわゆる「分科理科」が主流であった。

この「分科理科」に対立する考え方が,「総合理科」

であり,これは自然科学を統合して教授しようとす

る考え方である(本稿では,理念としての総合理科

と科目としての総合理科を区別するために,理念と

しての総合理科を「総合理科」と記した)。「総合理

科」に関して,五島(2007)は,「昭和 45年に告示

された学習指導要領(文部省,1970)以来『基礎理

科』『理科Ⅰ』『総合理科』が導入されてきたが,定

着してこなかった」と述べている。しかしながら,

先述した田中の主張を踏まえれば,「総合理科」の考

え方は,非常に重要であると考えられる。そこで本

稿では,「総合理科」の理念を再度吟味し,物理・化

学・生物・地学の 4 分野を結びつけ包括的に捉える

ための示唆を得ることを目的とした。そのような包

括的な捉え方を,本稿では「自然の統合的理解」と

定義し,以下この用語を用いることとする。我が国

における「総合理科」の取組みに鑑みると,生徒に

「自然の統合的理解」を促すためには,物理・化学・

生物・地学の 4 分野に共通して含まれている見方を

示す必要がある。

このような統合的見方を扱っている代表的な教科

書としてシンガポールの現行中学校理科教科書を挙

げることができる。本稿では,シンガポールの現行

中学校理科教科書に示されている 4 つの統合的テー

マの内,「モデル」を扱う。この「モデル」は「科学

の方法」の一要素であり,かつ我が国において新奇

性があるという観点から,「モデル」に着目し精査し

ていく。さらに,「モデル」が我が国の現行中学校理

科教科書の中でいかに扱われているかについても分

析する。

25

科教研報 Vol.28 No.5

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2.我が国における「総合理科」の変遷

(1)中学校における理科を融合する試み

中学校における理科を融合する試みとして,田中

(1973)がいう融合理科が挙げられる。田中は,融

合理科を以下のようにまとめている(表 1参照)。

表 1 融合理科の考え方

・自然の事物,現象を一つの自然として全体的に捕え,物理・

化学・生物・地学を融合した形で学ぶ。

・理科は物理・化学・生物・地学の学習の根底にある「科学

の方法」を学ぶのであって,単なる物・化・生・地の知識

を学ぶのではない。

・情報を集めたり,データを解釈したりして,自然の事物,

現象から生じる問題の答えを自分自身で求めることを学ぶ

のである。

(出典:田中正寿:「中学校における融合理科」,p.283,1973.

を基に筆者作成。)

(2)高等学校における「総合理科」の変遷

高等学校における「総合理科」の歴史を振り返る

と,1970年の学習指導要領改訂の際に初めて,高等

学校の理科教育に総合的な科目が導入された。この

改訂において,当該科目は基礎理科と名付けられ,

その後,基礎理科は,理科Ⅰ,総合理科というよう

に変遷していった。それぞれの科目の特質を挙げる

と,以下のようになる(表 2参照)。

表 2 基礎理科・理科Ⅰ・総合理科の特質

基礎理科

基礎理科の目標として,自然科学の特定の分野,理科の個々

の科目固有の問題や考え方ではなく,普遍的な考え方や法則

を理解させることが挙げられる。

物理分野や化学分野をまとめる鍵概念である「光と物質」,

生物分野や地学分野をまとめる鍵概念である「進化」がある。

しかしながら,内容が多岐に渡りすぎているため大学入学

試験に不利であることや,理科の教員が教えることに難色を

示すなどの問題が生じた。

理科Ⅰ

内容の項目の数は減って整理されているものの,総合科目

としての性格が希薄となり,理科の専門 4科目間の寄せ集め

の観が強くなった。

総合理科

これまでの基礎理科,理科Ⅰとはかなり変わった内容とな

っている。「自然界とその変化」という内容では,多様性と共

通性,変化・平衡・相互作用,エネルギーとその変換,とい

った 3つの項目があり,これらは自然科学における普遍的な

考え方や見方であるといえる。

しかしながら,大学入学試験の形態に依然として不向きで

あることが指摘された。

(出典:木立英行:「理科教材の検討―総合理科科目について

―」,pp.235-240,1993.を基に筆者作成。)

また総合理科に関して,長澤ら(1994)は,物理・

化学・生物・地学の 4 分野から「共通のテーマ」を

見つけること,さらに戸苅(1977)は,物理・化学・

生物・地学の単なる寄せ集め科目にならないために,

それらを結びつける「凝結核」の確立が必要である

ことを指摘している。この「共通のテーマ」や「凝

結核」としては,表 2 では,基礎理科における「光

と物質」「進化」や,総合理科における「多様性」「変

化・平衡・相互作用」「エネルギーとその変換」が当

たると考えられる。以上のことを踏まえ,生徒に「自

然の統合的理解」を促すためには,物理・化学・生

物・地学の 4 分野に共通して含まれている見方を示

す必要があるといえる。

次に,高等学校において「総合理科」があまり定

着しなかった要因を考える。一つの要因としては,

物理・化学・生物・地学が科目として分化している

にもかかわらず,それらの科目に加えて統合した科

目を新たにつくったことが挙げられる。そのため,

教えられる教員がいないこと,大学入試に適さない

ことなど,様々な問題が生じてきたと考えられる。

これらのことを踏まえると,物理・化学・生物・地

学の科目としての区分がない中学校理科において,

物理・化学・生物・地学の 4 分野に共通して含まれ

ている見方を教え,生徒自身がそうした見方を用い

ることができるようになると,生徒達の「自然の統

合的理解」が進展すると考えた。

以上のことから,次の三点を重要事項として抽出

した。

1)「自然の統合的理解」を促す上で,物理・化学・

生物・地学の 4 分野に共通して含まれる見方が必

要であること。

2)1)については,中学校において実現する可能性

が高いこと。

3)融合理科の考え方の一つに「科学の方法」を学ぶ

ことが挙げられ,「科学の方法」は物理・化学・生

物・地学といった 4分野の根底にあること。

3.シンガポールの教科書の分析

(1)概要

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シンガポールは,国際調査において理科の成績が

常に上位に位置している国である。大嶌(2007)が

主張するように,シンガポールの中学校理科教科書

は物理・化学・生物・地学といった学問分野の区分

がなく,その点において我が国の中学校理科教科書

とは構成が異なっている。

分析に用いたシンガポールの中学校理科教科書は,

PEARSONが 2013年に発行した All About Science

For Lower Secondary Volume A と All About

Science For Lower Secondary Volume B である。こ

れらの教科書は教育省から認定を受けたものであり,

教科書の各単元は「多様性」「モデル」「システム」「相

互作用」の 4つのテーマに沿って構成されている。

(2)「モデル」の取扱い

本稿では,既に述べたように 4 つのテーマの中の

「モデル」に着目した。一般的に理科教育における

「モデル」とは,人間の感覚では捉えられない事物

や現象を理解しやすくするために,具体的な事物や

図・記号等で表現したものである。本研究の中で「モ

デル」に着目した理由としては,次の三点を挙げる

ことができる。一点目は,「モデル」は物理・化学・

生物・地学の 4 分野に共通して含まれる見方になり

得ること。二点目は,「モデル」の形成は「科学の方

法」の一要素であるため,「モデル」の認識は先述し

た「科学の方法」を学ぶことに通じること。三点目

は,「モデル」は,我が国の「総合理科」の理念では

扱われたことがない見方であるため,新奇性がある

こと。次に,シンガポールの中学校理科教科書にお

いて,「モデル」はどのように扱われているのかを検

討する。そこでは,次のような記述がある(表 3 参

照)。

表 3 シンガポールの中学校理科教科書に見られる「モデル」

の記述

「モデル」とは,絵や略図,物であり,それらはあまりに

も小さすぎて見えないものや,あまりにも複雑で容易に調べ

られないものを理解する上での手助けとなるものである。し

かしながら,「モデル」は実物をいつも単純化しているとは限

らず,決して完璧なものではない。科学者は実物についての

知識を得るにつれて,「モデル」を変えたり改善したりするよ

うになる。科学の中ではいくつかの重要な「モデル」が用い

られ,そのモデルとは「生物の細胞モデル」「物質の粒子モデ

ル」「原子・分子モデル」「光モデル」である。

(出典:Dr Rex M Heyworth:All About Science For Lower

Secondary Volume A,p.131,2013.を基に筆者作成。)

さらに,「生物の細胞モデル」や「物質の粒子モデ

ル」,「原子・分子モデル」,「光モデル」は,教科書

の中で詳細に説明されている(表 4参照)。

表 4 シンガポールの中学校理科教科書における「モデル」

の取扱い

「生物の細胞モデル」 「物質の粒子モデル」

生物や生命体は,細胞から

形成されており,細胞は生命

体の基本単位である。しかし

ながら,細胞はあまりにも小

さく目で見ることはできな

い。したがって「細胞のモデ

ル」は,本当の細胞がどのよ

うに見えるかといったイメ

ージの形成を促してくれる。

以下は,細胞に関する「モデ

ル」の例である。

・動物細胞のモデル

・植物細胞のモデル

・細胞内の核のモデル

・細胞の三次元モデル

・「細胞→組織→器官→系→

生命体」のモデル

私たちの体の中にある細

胞から,私たちが呼吸する空

気までも物質でできており,

すべてのものは物質からつ

くられる。科学者は,物質は

とても小さな粒子で構成さ

れていると考えており,その

粒子は私たちが直接見るこ

とができないものである。し

たがって,「粒子モデル」は

あまりにも小さい粒子の特

性を理解する上で重要なも

のである。以下は,粒子に関

する「モデル」の例である。

・固体・液体・気体における

粒子モデル

・物質の膨張,収縮に関する

粒子モデル

・物質の状態変化における粒

子モデル

「原子・分子モデル」 「光モデル」

科学者は,物質を切り刻ん

でいくと,最終的には物理的

にこれ以上分割できないと

ても小さな一つの粒子にな

ると信じている。この粒子を

原子という。原子はあまりに

も小さすぎて見ることがで

きないため,「モデル」によ

って表される。

また,「物質の粒子モデル」

では,すべての粒子を小さな

球として表していたが,それ

は少々単純であった。実験を

通して,科学者はいくつかの

粒子の中にはもっと複雑な

ものがあることを確認した。

これらの粒子は分子と呼ば

れ,「モデル」によって表さ

れる。以下は,原子や分子に

関する「モデル」の例である。

・水素・酸素・鉄などの原子

モデル

科学者は,実験から光は物

質でなく,エネルギーの一つ

の形であることを発見した。

「光モデル」は,光の性質

を説明する上で非常に役立

つものである。以下は,光に

関する「モデル」の例である。

・光の直進モデル

・光の反射モデル(正反射,

乱反射,平面鏡,曲面鏡,

凸面鏡,凹面鏡)

・光の屈折モデル

・日食・月食に関する光のモ

デル

・月の満ち欠けに関する光の

モデル

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・塩素・水・糖・DNA など

の分子モデル

・原子内のモデル(陽子,中

性子,電子)

(出典:Dr Rex M Heyworth:All About Science For Lower

Secondary Volume A,pp.130-209,2013.を基に筆者作成。)

一方,我が国では,「細胞」は生物分野,「粒子」

や「原子,分子」は化学分野,「光」は物理分野(「月

の満ち欠け」や「日食・月食」は地学分野)に区分

されている。しかしながら,上に示した表 4 を見る

限り,「モデル」は 4分野すべてに含まれており,我

が国の教科書にみられる物理・化学・生物・地学の

区分を取り払ってくれるものとなる。言い換えれば

「モデル」は,物理・化学・生物・地学の 4 分野を

統合して理解する上で必要となる見方といえる。

4.我が国の中学校理科教科書の分析

ここでは,我が国において「モデル」が,いかに

扱われているのかについて検討するために,我が国

の中学校理科教科書の中で代表的な教科書である

『新しい科学』(東京書籍,2013)を用いた。今回は,

シンガポールの教科書に示された 4 つの「モデル」

との対応関係を見るために,『新しい科学』の中の「身

のまわりの物質」(単元 2,1 年生),「身のまわりの

現象」(単元 3,1 年生),「化学変化と原子・分子」

(単元 1,2 年生),「動物の生活と生物の変遷」(単

元 2,2年生)を分析した。

これらの単元の中で,「モデル」という用語が用い

られているのは,「粒子モデル」や「原子モデル」,「分

子モデル」といったように化学分野のみであった。

「光」や「細胞」に関しては,「モデル」という用語

を用いての説明は確認できなかった。

以上のことから推察するに,我が国において「モ

デル」という見方は,化学分野以外ではそれほど意

識されていないといえよう。もちろん,物理分野や

生物分野,地学分野においても「モデル」は用いら

れているが,その説明に「モデル」という用語その

ものは用いられていなかった。

5.おわりに

以上のことから,「自然の統合的理解」を促す一つ

の方法として,シンガポールの中学校理科教科書に

示されている「モデル」を用いることの有効性が示

唆された。とりわけ,我が国において,「モデル」は

化学分野で意識的に用いられているものの,物理分

野,生物分野,地学分野では,「モデル」という用語

そのものは扱われていない。今後,「自然の統合的理

解」を促すためには,「モデル」が,物理・化学・生

物・地学の 4 分野をつなぐ一つの重要な要素である

ことを生徒に認識させる必要がある。

引用及び参考文献

Dr Rex M Heyworth:All About Science For Lower

Secondary Volume A,PEARSON,pp.130-209,

2013.

五島政一:「総合的な科学教育や環境教育の理念―ア

ースシステム教育―」,日本物理教育学会,『物理

教育』,55,pp.258-263,2007.

木立英行:「理科教材の検討―総合理科科目について

―」,大阪教育大学,『大阪教育大学紀要』,41,

pp.235-256,1993.

長澤武ほか 8名:「本校における新教育課程『総合理

科』の構想」,広島大学,『中等教育研究紀要』,34,

pp.53-60,1994.

岡村定矩,藤嶋昭ほか 48名:『新しい科学 1年』,東

京書籍,pp.62-183,2013.

岡村定則,藤島昭ほか 48名:『新しい科学 2年』,東

京書籍,pp.4-133,2013.

大嶌竜午:「シンガポールにおける理科の内容構成の

特質に関する研究―日本の小・中学校理科教科書

との比較を通して―」,日本科学教育学会,『日本

科学教育学会研究会研究報告』,21(5),pp.81-86,

2007.

田中正寿:「中学校における融合理科」,日本化学会,

『化学教育』,21,pp.283-286,1973.

戸苅進:「必修総合理科を想定した化学教材のミニマ

ムエッセンシャルズ」,名古屋大学,『名古屋大学

教育学部附属中高等学校紀要』,22,pp.64-70,

1977.

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算数科授業における練り上げに効果的な規範について:社会数学的規範に依拠した先行研究をもとに

Effective Norms of Discussion of Solution Methods in Primary School Mathematics Lesson: Based on Previous Work by

Sociomathematical Norms

大嶋 靖久*・牧野 智彦**

OSHIMA Nobuhisa*・MAKINO Tomohiko**

宇都宮大学大学院*・宇都宮大学教育学部**

Graduate School of Education, Utsunomiya University*・Faculty of Education, Utsunomiya University**

[要約]算数科授業における学び合いの中核を,児童が自分の考えを説明したり,他者の考えに触れたりす

るといった,多様な考えを交流させる場とした場合,問題解決過程で児童によって示された複数の考えに

ついて,教師主導のもと,児童が個別に検討し洗練させていく活動として練り上げの場面が挙げられる.

練り上げの場面で数学的意味を発達させていく際に,教師と児童,あるいは児童同士の相互作用には,社

会数学的規範という算数・数学の授業特有の社会的規範があるとされている(Yackel & Cobb, 1996).この理

論をもとに,算数科授業における練り上げの場面において有効とされる規範について整理し,練り上げを

効果的に行う授業構想へのアイディアを得ることができた.

[キーワード]学び合い 多様な考え 練り上げ 社会数学的規範

1.はじめに

1)今日的課題から

近年,「学び合い」というキーワードをテーマに含

めた研究を目にする機会が増えてきている.この「合

う」という言葉は,個々の学習者は他者とのかかわ

りを必要としていることを示唆している.平成 20

年の中教審答申「幼稚園,小学校,中学校,高等学

校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善につい

て」において,学習指導要領改訂の基本的な考え方

の中の「思考力・判断力・表現力等の育成」では,

「思考力・判断力・表現力等をはぐくむために,(中

略)各教科等において,記録,要約,説明,論述とい

った学習活動に取り組む必要がある」と指摘されて

いる.

また,「豊かな心や健やかな体の育成のための指導

の充実」では,「国語をはじめとする言語に関する能

力の重視や体験活動の充実により,他者,社会,自

然・環境とかかわる中で,これらとともに生きる自

分への自信を持たせる必要がある」という提言がな

された.そこでは,「体験したことを,自己と対話し

ながら,文章で表現し,伝え合う中で他者と体験を

共有し広い認識につながることを重視する必要があ

る.自分に自信をもたせることは,決して自分への

過信や自分勝手を許容するのもではない.現実から

逃避したり,今の自分さえよければ良いといった「閉

じた個」ではなく,自己と対話を重ね自分自身を深

めつつ,他者,社会,自然・環境とのかかわりの中

で生きるという自制を伴った「開かれた個」が重要

である.他者,社会,自然・環境と共に生きている

という実感や達成感が自身の源となる.」と述べられ

ている.前者の説明,論述といった言語活動や,後

者の「開かれた個」において,他者とのかかわりは

必然と言える.

2)算数教育では

算数科の教科目標では,「算数的活動を通し

て,・・・日常の事象について見通しをもち,筋道を

立てて考え,表現する能力を育てる・・・」とあり,

「考えを表現する過程で,自分のよい点に気付いた

り,誤りに気付いたりすることがあるし,自分の考

えを表現することで,筋道を立てて考えを進めたり,

よりよい考えを作ったりできるようになる.授業の

中では,様々な考えを出し合い,お互いに学び合っ

ていくことができるようになる.」と述べられている.

「自分の考えたことを表現したり,友達に説明した

29

科教研報 Vol.28 No.5

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りする学習活動を取り入れる」ことで,お互いが学

び合えるようになることが示唆されている.

このように,算数科授業では,算数的活動等を通

して言語活動を重視した指導が行われるようにする

ことが挙げられている.しかし,平成 25年度の全国

学力・学習状況調査の結果によると,「算数・数学の

授業で問題の解き方や考え方が分かるようにノート

に書いていますか」という質問に対しての肯定的回

答は全体の 82.6%を占めるが,平成 25年度に新たに

調査された内容で,「自分の行動や発言に自信を持っ

ていますか」という質問に対しての肯定的回答は約

56%,「友達の前で自分の考えや意見を発表すること

は得意ですか」の質問に対しての肯定的意見は 50%

という結果が出ている.後の 2つのデータは算数に

特定したものではないが,児童の実態として,自分

の考えをノート等に書くことはできても,説明した

り伝えたりすることには苦手意識がある児童が約半

数はいることがわかる.授業では,決まった児童数

名しか発言しないことがよくあるが,算数科授業に

おける言語活動が発話することだけでなく,式,図,

表,グラフ,もしくは言葉等で記述することも言語

活動であるとしても,説明したり伝えたりする場面

では発せられた言葉によって交流することは重要で

ある.授業においてアイディアをひらめいたり,友

達のアイディアに対して気づいたことがあったりし

たとき,すべての児童が抵抗なく学級全体に自分の

思いを表現できるようになることが理想である.

溝口(2010)は,算数科授業における学び合いにつ

いて「教育目標を実現するにあたり,あたかも児童

たち自身が,数学的知識や概念を発見し,構成し,

導き出すことを通して,児童たちが《真理に対する

担い手》として成長していくことを期待するもの」

とし,真の学び合いは,「問題解決授業によって実現

される」と述べている.その中でも,「練り上げは,

問題解決学習としての授業の最も核心的な相である」

と述べているが,練り上げが自力解決の相における

個々の児童が考えた方法の発表会の場になってしま

うことも少なくないと指摘している.その課題の一

つに「練り上げ自体の展開」を挙げており,「練り上

げ」の場面では,「よりすぐれた解決を追求したり,

さらに既習事項との関連を吟味したり,さらに,一

般化を目指したりといったような統合的発展的考察

が展開されることが望まれる」と述べている.そし

て,教師にはそのような過程を経験する環境を整え

る役割があるとしている.教師が授業をデザインし,

環境を提供する上での課題については,グループ

(型)ができていればよいのか(牧田,2012)や,すべて

の児童が自力解決をしなければ先に進めないという

間違った価値観から自力解決に時間をかけ過ぎる

(石田ら,2012)等の課題も挙げられている.しかし,

重要なのは,教師と児童,あるいは児童同士が数学

的な意味を取り決める社会的な相互作用を,授業で

はどのようにして実現していくかである.

2.研究の目的

本研究の関心は,算数科授業において,複数の児

童から出された多様な考えを練り上げる場面で,教

師と児童,あるいは児童同士がどのような社会的相

互作用をしているかにある.多様な考えを練り上げ

るとは,算数教育指導用語辞典[第四版](2008)による

と,児童から示されたそれぞれの考え方の共通点や

相違点に着目して分類整理し,どれがうまいやり方

か,いつでも使えるやり方はどれか,もっとうまい

やり方はないかなど,簡潔性,明瞭正,的確性,一

般性,能率性などの観点から,解決方法を検討し,

洗練することである.

算数の授業での問題解決過程では,様々なルール

やきまりが形成される.関口(2005)は,教室内の数

学学習には特有の規範があるとする社会数学的規範

(Yackel & Cobb, 1996)という理論を用いる先行研究

において,多様な考え方を取り上げた授業で,「問題

解決においてさまざまな考え方を追求する」という

規範が機能したとしている.

そこで,本研究の目的は,社会数学的規範に依拠

した先行研究をもとに,算数科授業の練り上げの場

面で効果的とされる規範を明らかにし,授業構想へ

のアイディアを得ることである.

3.研究の方法

研究の目的を達成するためには,第一に, Yackel

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& Cobb(1996)をもとに,社会数学的規範とはどのよ

うなものかを明らかにする.第二に,大谷実(2002)

をもとに,練り上げについて考察する.最後に,練

り上げの場面を取り上げ,その場面で効果的な規範

を示す.

4.結果と考察

1)社会数学的規範の定義

Yackel & Cobb(1996)によれば,社会数学的規範と

は,生徒たちの数学的活動に特定化された数学的議

論に関する規範である.社会数学的規範には,学級

の中で数学的に異なるのは何か,数学的に洗練され

るのは何か,数学的に効率がよいのは何か,そして,

数学的に優雅であるのは何か,数学的に受け入れら

れる説明や正当化は何かなどが含まれる.

Yackel & Cobb(1996)は,学級において,生徒が

解答についての考え方を説明するという理解は社会

的規範であるが,その際に数学的な説明として受け

入れられるものは何かについての理解は社会数学的

規範として,社会的規範と社会数学的規範を区別し

ている.

2)個別的視野の検討と洗練の場面に見られる規範

大谷(2002)は,社会数学的活動論という独自の理

論をもとに,算数科授業における協働的な学びに関

わる授業分析を行っている.大谷は,社会数学的活

動論の枠組みの一つに「社会的相互作用による数学

的意味の発達」があるとし,「一斉授業に参加する

個々の児童の構成する数学的意味が,異なる視野を

もつ他者との相互作用を通じてどのように発達する

か.特に,教師や他の児童から提示される議論や反

例によって,個々人の構成している数学的意味がい

かに制約され,影響を受けるか.」という視点で数学

的活動を分析している.観察したある小学校の第 4

学年のクラスの一斉授業における大局的な数学的活

動の構造は,「複数の視野の提示」,「個別の視野の検

討と洗練」,そして,「一定の視野の定式化と制度化」

という三つの相から構成されていた.ここでの,「複

数の視野の提示」とは,教師から提示される課題に

対して児童が考えを示すこと,「個別の視野の検討と

洗練」とは,複数の個別の視野についてクラス全体

で「はっきり」「すっきり」する事柄を確立し議論す

ること,そして,「一定の視野の定式化と制度化」と

は,複数の視野の中から価値あるものが選択され,

言語を用いて明確に定義することである.

大谷(2002)の観察記録によると,先ず教師から図 1

のような問題が与えられ,芝生の植わった長方形の

公園に十字の道が通っている場合の芝生の面積(図

の網掛けの部分)を求める方法が話題とされていた.

図 1 問題に与えられた図

(大谷(2002). 学校数学の一斉授業における数学的

活の社会的構成. p.313より引用 )

児童からは,「社会的相互作用による数学的意味の

発達」の第一の相「複数の視野の提示」として「次

の 5種類の解決方法が提案された.

方法 1:芝生の植わった部分の面積を直接求める

もの.すなわち 4つの長方形の部分の面

積を個別に求め,合わせる方法.

方法 2:十字の形をした道を分解せずに計算し,

全体の面積から引き去る方法.

方法 3:十字の道を公園の上下・左右の縁へ平行

移動する方法.

方法 4:十字の道を分解する方法.

方法 5:十字の縦と横の道を足した後,重複する

部分を引く.

提案された 5種類の解決方法について第二の「個

別の視野の検討と洗練」の相が展開される中で,方

法 5 が疑問視された.児童の疑問は,「カッコの中

の計算が,それ自体で公園の十字の道を求めている

ことになるのか」であった.十字の道の面積を計算

するのに,わざわざ重複する部分を作り,後でそれ

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を引く方法が妥当かどうかを問題としていた(図2).

- + -

図 2 方法 5を説明する図

(大谷(2002). 学校数学の一斉授業における数学的

活の社会的構成. p.314より引用 )

大谷(2002)によれば,1つの道なのに,それをバラ

バラにしたうえで重ねて,さらに重複部分を引くこ

との意味が,児童には理解しがたい様であり,方法

1 から方法 4 までは児童にとって「はっきりしてい

る」方法とされ,方法 5は「すっきりしない」方法

とされていた.そして,大谷は「それまでの子ども

たちの経験において,複数の図形の共通する部分の

面積を求めることはあっても,「重なる部分の面積」

というものを考え,それを計算することが難しいよ

うであった.」と,児童にとっての困難点を示してい

る.児童たちはその疑問に個別で検討を重ねた結果,

ある児童からとして,数と計算における「交換・結

合法則」による方法 4(図 3)と方法 5の類似点が提案

された.方法 5と他の方法とを結びつけられること

によって,解法は洗練された.

- - - +

図 3 方法 4を説明する図

(大谷(2002). 学校数学の一斉授業における数学的

活の社会的構成. p.320より引用 )

大谷(2002)は,この場面において教師と児童が教

師先導のもと,「はっきりしていない」ことや「すっ

きりしていない」ことを意味づけようとする相互作

用によって,数学的意味の発達を社会的に構成して

いると述べている.つまり,教師から提示された課

題に対して児童から複数の異なる視野(方法 1 から

方法 5)が示され,それらを学級全体で共有する過程

で生ずる素朴な疑問(方法 5)が学級全体で解決を要

する問題になり,すでに共有された事柄(方法 4)と結

び付けられることで解決し,新しい数学的意味が構

築されていくという社会的相互作用によるものであ

ると考えられる.したがって,この学級には,「数学

的に多様な考えを追求すべきである」という社会数

学的規範が 形成されていることが分かる.

3)練り上げの場面に見られる規範

林尚之(2007)は,社会数学的規範を,「数学の内容

を伴っていて授業を行っていくための学級に共有さ

れているルール」とし.多様な考えが生成されるよ

うな課題を意図的に設定し,児童から示された解法

をもとに練り上げていく授業を定期的に行った.そ

して,話し合い場面での発話を追って,学級の学習

規範の形成過程を分析している.

林は,31時間分の算数の授業が実践されていく過

程で,「質問や付け足しで理解を深めていこう」,「自

分なりの言葉で友だちの考えを言い換えて理解を深

めよう」「多様な考えを 1 つの視点で言い換える」

という社会数学的規範が形成されていったと述べて

いる.形成を促す教師の手立てとしては,考えをつ

なげるための,「もう少し発言しよう.同じことの繰

り返しでもいいから」や,「友だちの発言に付け足し

をしていこう」という助言を挙げており,友だちの

考えを自分なりに言い換える規範の形成が確認され

た授業では,授業の最初に,「付け足しや同じ考え・

違う考えをハッキリさせて深めていこう」という指

示を与えている.社会数学的規範の形成には,教師

の手立てと社会数学的規範の関わりが示唆されてい

る.

社会数学的規範,大谷(2002)による「個別的視野

の検討と洗練」に見られる規範,林(2007)による練

り上げの場面に見られる規範から共通していえるの

は,児童から出てくる多様な考えは,それぞれのイ

ンフォーマルな表現によって「異なっている」ので

あり,算数科授業の練り上げの場面で,「何がどのよ

うに異なっているのか,またどのような点で似てい

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るのか(どのように見ると似ているといえるのか)」

を明らかにしていくという点である.したがって,

教師は,児童が多様な考えの相違点や類似点を明確

にしていこうとする社会数学的規範が学級に形成さ

れるような授業展開を先導する必要があると考えら

れる.

5.おわりに

多様な考えの練り上げの場面で,児童が数学的に

「異なっている」や「似ている」を明確にしていこ

うとする規範が形成されるような授業を展開するた

めに,教師と児童,あるいは児童同士がどのように

相互作用していく必要があるかを明らかにすること

を今後の課題としたい.

多様な考え方を練り上げる場面に関わる規範の先

行研究では,小学 5年生を対象にした正当化に関す

る研究(熊谷,1997),小学 6 年生を対象にした算数の

学習規範の形成過程を捉える研究 (林 ,2007;中

村,2008),中学校 2 年生を対象にした数学の教授・

学習における数学的規範研究の分析(関口,2005)等が

ある.大谷(2002)は,小学校から高等学校までの一

斉授業を観察した結果から,可謬主義的な数学的活

動は発達段階が高い方が,展開のし易さがあると指

摘している.そして,小学校 4年生の授業観察の結

果より,小学校中学年での可能性を示唆していると

捉えることができる.佐藤(2010)は,小学 2 年生を

対象にした算数の学習規範が内面化する児童の様相

に関する研究において,17+4 の計算の仕方につい

て 2つの方法を比較する場面の分析から,「数感覚の

育成という観点から見ると,両者の計算の仕方を理

解することも有意義である.しかし,この時期の児

童の認知は多様な考えを吟味するには困難を示す,

よりよい方法として 10+(7+4)の操作を選ぶことが

できなかったことは,2 つの方法を記憶化すること

につながり,児童には負荷がかかる結果となった(こ

の場面の 2 つの操作は,4 を 1 と 3 に分けて(17+3)

+1 とする方法と,既習の 7+4 を利用して 10+(7

+4)とする方法である)」と述べている.この内容は,

小学校の低学年で多様な考え方を練り上げることの

困難さを指摘している.

したがって,小学校高学年より一つ下の学年であ

る中学年の 4年生を対象にして多様な考えを生かす

授業を定期的に行い,算数科授業において練り上げ

の場面に効果的な規範の形成過程を捉えていく予定

である。

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