思考を可視化する振り返りを通して,学びの意識を高める...
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思考を可視化する振り返りを通して,学びの意識を高める
中学校第3学年数学科の授業づくり
阿部 匠
生徒の実態から,数学の学びの意識を高めるには,数学の思考に関する振り返りを促す
必要があるのではないかと考えた。そのためには,授業の中で疑問に思ったことや気付い
たことを振り返りに生かすことが重要であると考え,生徒が思考したことを付箋紙に書き
残したり,思考の種類に応じて付箋紙の色を変えたりして可視化する実践を行った。付箋
紙を用いて思考を可視化する振り返りは,解決過程における自己の変容を自覚したり,数
学のよさを改めて認識したりすることにつながり,その結果,学びの意識が高まった姿が
見られた。
キーワード:学びの意識,振り返り,思考,可視化,付箋紙
Ⅰ 主題設定の理由
秋田県の算数・数学では,重点の一つとして振り返りの充実を掲げている。また,中学校学習指導
要領解説 数学編(平成29年7月)第2章第1節数学科の目標の(3)においても「数学的活動の楽しさ
や数学のよさを実感して粘り強く考え,数学を生活や学習に生かそうとする態度,問題解決の過程を
振り返って評価・改善しようとする態度を養う」とあり,学びに向かう力・人間性等を涵養するとい
う面からも,振り返りが重視されている。
これまでの実践における生徒の振り返りには「楽しかった」などの漠然とした感想が多く,数学の
学びの意識をより高めるためには,数学の思考に関する振り返りを促すことが必要ではないかと考え
た。振り返りの多くは授業の終末の場面で見られるのだが,生徒の頭の中では,導入や展開の場面で
も,今までの学習を振り返ったり,自分が思い付いたことを確かめたりすることが行われている。数
学の思考に関する振り返りを促すためには,このような導入や展開の場面で疑問に思ったことや気付
いたことを生かすことが重要である。しかし実際は,頭に浮かんだりひらめいたりしたことは忘れや
すい傾向があり,そのため授業の中でも生かされにくいということが多くある。
そこで,自分が思考したことを付箋紙に書き残すことで,解決過程における自己の変容の自覚から
数学の思考に関する振り返りを促し,数学の学びの意識を高めたいと考え,本主題を設定した。
Ⅱ 研究目的
中学校第3学年数学科の授業において,付箋紙を用いて思考を可視化する振り返りが,数学の学び
の意識を高める上で有効であることを明らかにする。
Ⅲ 研究内容
1 研究仮説
中学校第3学年数学科の授業において,付箋紙による思考を可視化する振り返りを行うことによっ
て,数学の思考に関する振り返りが促され,その結果、数学の学びの意識が高まった姿が見られるで
あろう。
2 研究の中心的概念について
(1) 学びの意識の高まりと振り返り
「主体的・協動的な学びを通した課題解決的な授業モデルの提案(2年次)」(平成29年2月,秋田県
総合教育センター)における「Akitaractive チェックシート」を参考に,本研究における数学の学び
の意識が高まった姿を,次のように考えた。
【数学の学びの意識が高まった姿】
・数学における自分の考えが深まったり広がったりすることで,「分かった」「できた」など,自ら
の成長を実感する姿
・今日の学習を経て,数学に関して,次にどうしたらよいのかを考えたり,次への目標を設定した
りする姿
数学の学びの意識の高まりは活動の様子や生徒の表情からも見取ることができるが,思考の様子に
ついては,教師が把握しにくいため簡単に見取ることはできない。そこで,思考の様子が把握しやす
い場面として,生徒が学習したことを記述して振り返る場面に着目した。
振り返りについては,秋田県の算数・数学の重点の一つとして挙げられており,平成29年に公示さ
れた中学校学習指導要領でも,解決過程の振り返りが重視されている。これからは振り返りを行った
という事実だけではなく,振り返りの質の高まりについても重要性が増していくと思われる。
本研究では,数学の学びの意識を高めるために,数学の思考に関する振り返りについて,梶浦(2016)
が提唱した「振り返りの三つのレベル」を参考に,次の視点をもって検証していく。
【数学の思考に関する振り返りの視点】
・新たな気付き:「~を使えば,問題を解決できることが分かった」など,授業の途中で振り返り,
新たに気付いたこと。
・思 考 の 変 容:「最初は~が疑問だった」などの問いや「~さんの考えを使えば,~になること
が分かった」などの解決できた理由など,授業の途中で思考が変容したことやそ
のきっかけとなったこと。
・学 習 の 関 連:「これからは~を意識して取り組みたい」「今度は~について調べてみたい」な
ど,学んだことを生かそうとしたり,考えたことから新たな問いに気付いたりす
るといった,学習全体を振り返って次の学びへつながること。
(2) 思考の可視化
これまでの自分の実践から,生徒が振り返る場面はほとんどが授業の終末であるが,生徒の頭の中
では導入や展開の場面でも,今までの学習を振り返ったり自分が思い付いたことを確かめたりするこ
とが行われているのではないかと考える。数学の思考に関する振り返りを促すためには,導入や展開
の場面で疑問に思ったことや気付いたことを自覚させることが重要である。しかし,頭に浮かんだ疑
問やひらめいた気付きは忘れやすく生かしにくい傾向があることから,短いフレーズで書き残すこと
が必要ではないかと考えた。そこで着目したのが,自分が思考したことを可視化し,後に考えるため
の手がかりを残すことである。終末の振り返りは,それまでの学習過程を見直し,俯瞰して行われる。
このとき,板書したことだけではなく思考したことがノートに残っていれば,数学の思考に関する振
り返りを促すことにつながるのではないかと考えた。
(3) 思考を可視化する手立て
思考を可視化するための手立てとして,付箋紙を使うことを考えた。解決の途中で付箋紙を移動さ
せ,自分が理解しやすい形に整理してまとめることで,解決過程での気付きや注意事項等をより印象
付けることができるのではないかと考えたからである。なお,付箋紙を使う際には,より見やすくす
るために,記述の際の約束を次のように定めた。
・疑問と気付きの違いが一目で分かるようにするために,思考の種類に応じて付箋紙の色を次のよ
うに分類し,記述した順に番号を記入してノートに貼る。
赤色:疑問や困ったことなど
青色:自分で気付いたことなど
黄色:友達の発言から気付いたことなど
3 検証と考察
(1) 検証方法
・研究協力校の生徒を対象とした事前の意識調査の実施と実態把握
・検証授業の実施
・検証授業におけるノート及び振り返りの記述についての分析と考察
・検証授業後のアンケート結果の分析と考察
(2) 事前の意識調査
6月に研究協力校O中学校(以下,O中学校)
第3学年1学級15名を対象とし,振り返りにつ
いて意識調査を行った。「振り返りのときに,
主にどのような内容を書くか」という質問に対
する記述を集計したところ,「授業の感想」と
回答した割合が,全体の半数を超えていた(資
料1)。
(3) 検証授業
①検証授業1で扱った問題
検証授業1を7月13日に「平方根」の単元で
実施した。対象は,O中学校第3学年1学級15
名である。扱った問題は次のとおりである。
・問題 底辺の長さが12㎝,高さが8㎝の三角形があります。この三角形と同じ面積をもつ正方
形を作りたいと思います。正方形の一辺の長さはどれくらいになるでしょうか。
②検証授業2で扱った問題
検証授業2を11月7日に「二次方程式」の単元で実施した。対象は検証授業1と同一学級である。
扱った問題は次のとおりである。
・問題 二次方程式 𝓍2 + 𝑎𝑥 + 𝑏 = 0 について,解の一つが 𝓍 = 2 + √5 であるとき,𝑎,𝑏の
値を求めなさい。
③検証授業の実際
授業の様子を見ると,生徒は授業の中で付箋
紙に書き残すという新しい取組に意欲的に臨ん
でいた。付箋紙に書き残してノートに貼るとい
う動きが,思考したことを印象付け,活性化さ
せているように見えた。特に,疑問や困ったこ
となどを書き残す作業は,生徒にとって新鮮な
取組であったようである。
なお,疑問に思ったことや気付いたことを付
箋紙にうまく書けない生徒に対しては,机間指
導の際の対話を通して,「今,あなたが言った
言葉を付箋紙に書き残してみてはどうだろうか」
と,生徒自身が発した疑問や気付きなどに注目
させるように支援した。
検証授業1における,抽出生徒Dの振り返り
資料1 事前の意識調査
7%
0%
13%
27%
53%
学習の関連
思考の変容
新たな気付き
学習内容の再確認
授業の感想
振り返りのときに,主にどのような
内容を書きますか
資料3 抽出生徒Dの付箋紙への記述内容(検証授業2)
資料2 抽出生徒Dの振り返り(検証授業1)
面積が√になると、どれくらいか実感がわかない。
㋑式が二つなければ𝑎, 𝑏は出せない?(赤)
㋒AとCはなんか 違う(√がない) (赤)
㋔右辺を√だけに すれば外れる(黄)
㋕2√3=√4×√3 =√12 (黄)
㋓二次方程式で使ったことを全部使って いる(青)
㋐√があると代入できない? (赤)
を見ると,「面積が√になるとどれくらいか実
感がわかない」と記述していた(資料2)。資料
3は,検証授業2における抽出生徒Dの付箋紙
への記述内容である。付箋紙からは,数や式に
着目して疑問をもつ姿(㋐,㋑),二つの解き方
を比較して違いに気付き始める姿(㋒),今までの学習を振り返る姿(㋓),友達との関わりを通して課
題解決に必要な考えに気付く姿(㋔),適用問題を解くことを通して,友達の発言から新たなことに気
付く姿(㋕)が見られた。振り返りでは,付箋紙に書き残したことを用いて学習過程を見直し,俯瞰し
た振り返りへの変化が見られた(資料4)。
また,集団の付箋紙の様子を知るために,二つの検証授業での付箋紙の使い方と振り返りをそれぞ
れ表にまとめた。資料5は検証授業2についてまとめた表である。表の縦軸は導入,展開,終末を,
横軸は各生徒を表している。
資料5における生徒一人一人の付箋紙への記述を見ると,数に着目して問いを明確にもち,解決に
向けて主体的に取り組もうとする姿(㋖),友達との関わりの中で気付いた新しい発見に驚きや喜びを
感じる姿(㋗),分かったことを基にして更に発展した考えに気付いたことで,学習の手応えを感じる
姿(㋘)など,解決過程における個々の変容を付箋紙から見取ることができた。
解が1つで√が含まれる場合は、√だけが右辺に
残るような形にして両辺を2乗する。
単独で2乗すれば√が外れることが大事。
資料4 抽出生徒Dの振り返り(検証授業2)
㋖計算してみても
√が残ってしまった
㋗𝑎2 + 2𝑎𝑥 + 𝑥2
2𝑎𝑥 では√が
外れない
㋘2√3を√12に
直せばいい!
㋙右辺を√だ
けにして両
辺を2乗し
てから計算
すると、簡
単に二次方
程式に当て
はまること
ができるこ
とが分かり
ました。
㋚最初間違えたのは 𝑥2 =
(2 + √5)2をしていたか
ら。√は単体で2乗しな
いと√がとれないことが
分かった。展開の計算に
気を付けたい。
㋛√を消すことに集
中しすぎて移項が
頭から抜けていた
んだなあと思いま
した。もっと頭を
柔らかくして考え
たいです。
資料5 付箋紙の使い方と振り返りをまとめた表(検証授業2)
振り返りの記述を見ると,新たに気付いたこ
とを基にして,課題の解決方法を自分で見いだ
してまとめ直している姿(㋙),自分が間違えた
原因を分析し,どのように考えたら解決できる
のかを比較しながら理解する姿(㋚),今回の授
業を踏まえ,次の数学の学習に対する目標を記
述する姿(㋛)など,数学の思考に関する記述が
見られた。
また,検証授業1と検証授業2の二つの表を
比較してみると,付箋紙の総数は検証授業1の
37枚に対して検証授業2では52枚に,振り返り
の字数は検証授業1の 603 文字に対して検証授
業2では 861 文字とそれぞれ増加した(資料6)。
振り返りの記述内容については,感想のみの生
徒がいなくなり,新たな気付きが2名,思考の
変容が5名,学習の関連が2名増えた(資料7)。
(4) 事後の意識調査
12月にO中学校第3学年1学級15名を対象と
し,「付箋紙を用いて思考したことで,数学の
授業の中で分かった,できたと実感する気持ち
が,今までよりももてたか」「付箋紙を用いて
思考したことで,数学の問題に意欲的に取り組
もうとする気持ちが,今までよりも高くなった
か」「付箋紙を用いて思考したことで,数学の
学習に対して,次にどうしたらよいのかを,今
までよりも考えやすくなったか」ということに
ついて,アンケートを実施した。
アンケートの結果を見ると,「分かった,で
きたと実感する気持ちが,今までよりももてた,
ある程度もてた」と答えた生徒が,全体の87%
(資料8),「数学の問題に意欲的に取り組もう
とする気持ちが,今までよりも高くなった,あ
る程度高くなった」と答えた生徒が,全体の93%
(資料9),「数学の学習に対して次にどうした
らよいのかを,今までよりも考えやすくなった,
ある程度考えやすくなった」と答えた生徒が,
全体の93%(資料10)であった。また,思考の種
類に応じて付箋紙の色を変えたことに対しては,
「何が理解できて何が分からないのかが見やす
くなったので,振り返りがしやすくなった」な
ど,付箋紙の活用については,「付箋紙を動か
して整理することで,自分で気付いたことや考
資料8 検証授業前後のアンケート結果①
67%
20%
20%
33%
13%
40% 7%
12月
6月
分かった,できたと実感する気持ちが,
今までよりももてましたか
もてた ある程度もてた
あまりもてなかった もてなかった
資料9 検証授業前後のアンケート結果②
40%
20%
53%
46%
7%
27% 7%
12月
6月
数学の問題に意欲的に取り組もうとする
気持ちが,今までより高くなりましたか
なった ある程度なった
あまりならなかった ならなかった
検証授業1 検証授業2
感想のみ 3名 0名
新たな気付き 8名 10 名
思考の変容 1名 6名
学習の関連 5名 7名
(15名中) 資料7 振り返りの記述内容の比較
検証授業1 検証授業2
付箋紙の数(赤) 9枚 17枚
付箋紙の数(青) 13枚 17枚
付箋紙の数(黄) 15枚 18枚
振り返りの字数 603文字 861文字
資料6 付箋紙の数と振り返りの文字数の比較
えたことが,確かめやすくなった」などの回答
が見られた。
Ⅳ 成果と課題
本研究の成果として,導入や展開の場面で疑
問に思ったことや気付いたことを,付箋紙を用
いて可視化したことが,解決過程における自己
の変容についての自覚を生みだし,また,疑問
や気付きを記述した付箋紙を用いたことが新た
な気付き,思考の変容,学習の関連に関する振
り返りを促し,その結果,数学における自分の考えの深まりや広がりから自らの成長を実感したり,
次への目標を設定したりするなど,数学の学びの意識が高まった姿が見られたと考えられる。
また,検証授業1と検証授業2における付箋紙の使い方と振り返りをまとめた表を比べると,短い
フレーズで疑問や気付きを書き残し付箋紙を生かそうとすることで,より質の高い振り返りができる
ようになったことが読み取れる。さらに資料5を見ると,導入の場面では数に着目しながら問いをも
つなどの主体的な学びの姿,展開の場面では自ら気付いたり,友達との関わりから気付いたりする姿,
適用問題を解く場面では新たな気付きが生まれる姿など,生徒の思考の様子が表から伺える。このよ
うに,思考の種類に応じて付箋紙の色を変えることは,生徒の思考過程を明確にして把握しやすくす
ることから,教師の授業改善についても効果があると思われる。
今後の課題としては,今回は「数と式」の領域で付箋紙を用いて思考を可視化する振り返りを行っ
たが,単元のどのような学習場面で用いるとより効果が高くなるのか,また,他領域や他学年でも有
効であるのか,他の効果的な可視化の方法や集団の関わりの中での活用の方法はないかなどについて,
研究を深めていきたいと考えている。
<参考文献>
秋田県総合教育センター(2016)第2章主体的・協動的な学びを通した課題解決的な授業モデルの提案
(2年次).「平成28年度研究紀要」秋田県総合教育センター.
梶浦真(2016)『アクティブ・ラーニング時代の「振り返り指導」入門』教育報道出版社.
栗田正行(2017)『子どもの学力は「ふせんノート」で伸びる』株式会社かんき出版.
根本博(2014)『数学教育と人間の教育-‘振り返る’活動を考える-』啓林館.
中央教育審議会教育課程部会(2016)算数・数学ワーキンググループ(第6回)参考資料3.
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/073/siryo/_icsFiles/afieldfile/2016
/05/31/1370946_13.pdf
文部科学省(2017)中学校学習指導要領解説 数学編.
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/_icsFiles/afieldfile/2017
/07/25/1387018_4_1.pdf
資料10 検証授業前後のアンケート結果③
53%
7%
40%
13%
7%
60% 20%
12月
6月
次にどうしたらいいのかを,今まで
よりも考えやすくなりましたか
なった ある程度なった
あまりならなかった ならなかった