tanap-tapパイプラインが カスピ海のガスを欧州...

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19 石油・天然ガスレビュー アナリシス (1) 2013年6月の南回廊(SouthCorridor)に関 する決定 2 0 1 3 年 6 月 2 6日、アゼルバイジャン領カスピ海の Shah Denizガス田 *1 のオペレーターであるBP およびアゼルバイ ジャン国営石油(Socar:State Oil Company of Azerbaijan Republic)は、生産ガスを欧州に輸出する「南回廊(South Corridor)」パイプラインとして、Trans Adriatic Pipeline (TAP)を選択した。EU が推奨してきた対抗馬の“Nabucco JOGMEC 調査部 担当審議役 本村 眞澄 「ナブッコ」(Nabucco)ほど、多くのメディアに取り上げられ、注目を集めたパイプライン計画はないだろ う。アゼルバイジャン領カスピ海のシャーデニス(Shah Deniz)ガス田から欧州南部を通り、オーストリアに 延びる総延長 4,0 4 2 ㎞のこの計画は、ロシア産ガスへの依存度を下げる有効な手段であり、その政策的な意 義が高いとして、2 0 0 4 年に計画がスタートして以来、欧州連合(EU)や米国から圧倒的な支持を得てきた。 しかし、不思議なことに、国際的な石油・ガス企業でこの計画を積極的に評価する発言は聞いたことがない。 筆者も海外で専門家と議論してみると、ナブッコの実現性に疑問を呈する意見が多く聞かれ、国際会議な どでナブッコを主唱するのは EU の関係者か、政治的な機関の人に限られていたという印象がある。 政治の側からの異様なナブッコ推しが続けられるなか、2 0 1 2 年にはトルコ国内で同国企業を中心と する「TANAP(Trans Anatolia Natural Gas Pipeline)」が建設されることとなり、ナブッコ計画のトル コ領内にあたる東半分はあっけなく消滅した。やむを得ずブルガリアから西を対象とする“Nabucco West”へと、計画は半分に縮小された。そして、2 0 1 3 年 6 月 2 6 日、BP 等のガス田開発のコンソーシア ムは「ナブッコ計画」を退け、コンソーシアム参加企業も入っているイタリア向けの「TAP(Trans Adriatic Pipeline)計画」が採用された。EUが大変なエネルギーを投入して推奨してきた「ナブッコ計画」 が、同じ欧州企業によって忌避されたのである。 「ナブッコ計画」は、EU が第 2 エネルギーパッケージから主唱してきた「生産」と「輸送」の分離(アンバ ンドリング =unbundling)の考えに基づくもので、競争市場を創設するためにガスの生産会社とは別の 企業がパイプラインを運営するという、EUにとってはモデルケースとなるものであった。しかし、ガ スの生産事業者にとっては、市場までのガス輸送はマーケティングの一部として事業の重要な部分を構 成する。部外者に委ねなくてはならないのかは議論の余地があろう。このような動きのなか、EUは 2013年6月のBP等の決定に先行して、TAPに関しては例外的事項としてアンバンドリングと第三者 アクセスの免除を決めた。これは BP らのロビー活動が浸透していたことを示していると思われる。今 回のナブッコ計画の敗退は、このアンバンドリングという政策そのものの持つ問題点を示すものとなっ ている。一方で、EU はロシア、イタリア等の進める South Stream に対しては、アンバンドリングがな されていないとして、依然、問題視している。 じめに 1.2013年に南回廊(SouthCorridor)が決着した TANAP-TAPパイプラインが カスピ海のガスを欧州に運ぶ -アンバンドリング政策に翻弄された「Nabucco」パイプライン計画-

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Page 1: TANAP-TAPパイプラインが カスピ海のガスを欧州 …...21石油・天然ガスレビュー JOGMEC K Y M C TANAP-TAPパイプラインがカスピ海のガスを欧州に運ぶ

19 石油・天然ガスレビュー

JOGMEC

K Y M C

アナリシス

(1)�2013年6月の南回廊(South�Corridor)に関

する決定

 2013年6月26日、アゼルバイジャン領カスピ海のShah Denizガス田*1のオペレーターであるBPおよびアゼルバイ

ジャン国営石油(Socar:State Oil Company of Azerbaijan Republic)は、生産ガスを欧州に輸出する「南回廊(South Corridor)」パイプラインとして、Trans Adriatic Pipeline

(TAP)を選択した。EUが推奨してきた対抗馬の“Nabucco

JOGMEC調査部 担当審議役 本村 眞澄

 「ナブッコ」(Nabucco)ほど、多くのメディアに取り上げられ、注目を集めたパイプライン計画はないだろう。アゼルバイジャン領カスピ海のシャーデニス(Shah Deniz)ガス田から欧州南部を通り、オーストリアに延びる総延長4,042㎞のこの計画は、ロシア産ガスへの依存度を下げる有効な手段であり、その政策的な意義が高いとして、2004年に計画がスタートして以来、欧州連合(EU)や米国から圧倒的な支持を得てきた。しかし、不思議なことに、国際的な石油・ガス企業でこの計画を積極的に評価する発言は聞いたことがない。筆者も海外で専門家と議論してみると、ナブッコの実現性に疑問を呈する意見が多く聞かれ、国際会議などでナブッコを主唱するのはEUの関係者か、政治的な機関の人に限られていたという印象がある。 政治の側からの異様なナブッコ推しが続けられるなか、2012年にはトルコ国内で同国企業を中心とする「TANAP(Trans Anatolia Natural Gas Pipeline)」が建設されることとなり、ナブッコ計画のトルコ領内にあたる東半分はあっけなく消滅した。やむを得ずブルガリアから西を対象とする“Nabucco West”へと、計画は半分に縮小された。そして、2013年6月26日、BP等のガス田開発のコンソーシアムは「ナブッコ計画」を退け、コンソーシアム参加企業も入っているイタリア向けの「TAP(Trans Adriatic Pipeline)計画」が採用された。EUが大変なエネルギーを投入して推奨してきた「ナブッコ計画」が、同じ欧州企業によって忌避されたのである。 「ナブッコ計画」は、EUが第2エネルギーパッケージから主唱してきた「生産」と「輸送」の分離(アンバンドリング=unbundling)の考えに基づくもので、競争市場を創設するためにガスの生産会社とは別の企業がパイプラインを運営するという、EUにとってはモデルケースとなるものであった。しかし、ガスの生産事業者にとっては、市場までのガス輸送はマーケティングの一部として事業の重要な部分を構成する。部外者に委ねなくてはならないのかは議論の余地があろう。このような動きのなか、EUは2013年6月のBP等の決定に先行して、TAPに関しては例外的事項としてアンバンドリングと第三者アクセスの免除を決めた。これはBPらのロビー活動が浸透していたことを示していると思われる。今回のナブッコ計画の敗退は、このアンバンドリングという政策そのものの持つ問題点を示すものとなっている。一方で、EUはロシア、イタリア等の進めるSouth Streamに対しては、アンバンドリングがなされていないとして、依然、問題視している。

はじめに

1.�2013年に南回廊(South�Corridor)が決着した

TANAP-TAPパイプラインがカスピ海のガスを欧州に運ぶ-アンバンドリング政策に翻弄された「Nabucco」パイプライン計画-

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West”パイプラインは退けられた*2(図1)。 “Nabucco West”が欧州中央部にあたるオーストリアのバウムガルテン(Baumgarten)ハブに直結することから戦略的な優位性があると言われていたが、BPとSocarは最終的に総延長が短く採算性に優れるTAPを選んだと報道されている*3。別の報道では、TAPがナブッコ側より高いガス購入価格を提示したというが、これは事業そのものの採算性で勝っていることを示している*4。 事業者が経済性のよいルートを選択するのは至極当たり前のことに過ぎないが、パイプラインルートを選択するにあたって、EUは長らくナブッコを推す積極的な工作を展開してきた。これは、第2エネルギーパッケージ以降謳

うた

われている生産と輸送の分離の考えに基づくものである。しかし、生産者であるBPやStatoilといった欧州企業は、EUのこのような声を無視して自らの系列企業にガスの輸送を委ねた。特にアゼルバイジャンは、先行したバクー =トビリシ=ジェイハン(Baku-Tbilisi-Ceyhan:BTC)石油パイプラインにおいても、ほぼ上流事業者と共通のメンバーから成るコンソーシアムが運営しており、一貫して遂行しなくてはならない事業の一部を、身内以外に委ねるのはリスクを伴うと考えたものと思われる。 これに先行する5月17日、欧州委員会(EC)は、TAP

に対して、その容量である年間100億㎥の第三者アクセスの25年間の免除、および25年間の所有におけるアンバンドリングの免除を決定した(TAP website, News:17.05.2013)。 EUのエネルギーの看板政策が「例外扱い」ということで、いとも簡単に取り下げられたのである。これはBPによるロビー活動の成果と思われるが、EU自体も現実的な選択を迫られたものと言える。 EUのナブッコに対する9年間にわたる異様とも言える支持キャンペーンは、こうして同じ欧州企業から袖にされた。これはEUのエネルギー政策に対する異議申し立てでもある。

(2)TAP計画への参加者

 TAPのルートは、トルコ国境Kipoiからギリシャ、アルバニアを経て、アドリア海を渡り南イタリアのSan Focaに至るもので、当初から経済性を重視した計画立案であった(図5)。 TAPコンソーシアムを当初構成していた企業のうち、Statoil(ノルウェー、42.5%)はカスピ海のShah Denizガス田の上流事業者であるとともに欧州におけるガス事業者でもあり、AXPO(スイス、42.5%)およびE.ON(ド

TAP、Nabucco、ITGI の「南回廊」とSouth�Stream関連パイプライン図(2011年時点)図1

出所:JOGMEC 作成

SerbiaSerbia

CroatiaCroatiaBosnia-HerzegovinaBosnia-Herzegovina

AkkasAkkas

GreeceGreece Turkey

Bulgaria

Romania

Poland

Czech

Belarus

Germany

NorwaySweden

Finland

Italy

Ukraine

Georgia

AzerbaijanAzerbaijan

Russia

Kazakhstan

Uzbekistan

Turkmenistan

IranIraq

Syria

AustriaAustria

SloveniaSlovenia

Hungary

BurgasBurgasSamsunSamsun

DzhubgaDzhubga

Greifswald

VyborgVyborg

Yelets

UzhgorodUzhgorod

Orenburg

ErzurumErzurum

CACCAC

Trans CaspianTrans

Caspian

CAC

-3C

AC-3

Blue S

tream

Blue S

tream

SouthCaucasus

SouthCaucasusITGIITGI

TAPTAP

Soyuz

Nabucco

Nabucco

Nord S

tream

Nord S

tream

Northern Lights

Northern Lights

Brotherhood

Brotherhood

South StreamSouth Stream

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TANAP-TAPパイプラインがカスピ海のガスを欧州に運ぶ -アンバンドリング政策に翻弄された「Nabucco」パイプライン計画-

イツ、15%)もガス輸入業者として大規模な事業を展開してきた。一方、Nabucco Westを推進するナブッコ・コンソーシアムは、オーストリアのOMV以外の各国のメンバーは小規模で、ガス販売を考えると事業遂行能力で見劣りがすると言われていた(表)。 Statoilは前述のとおり、Shah Denizガス田権益の25.5%を保有しており、ガス田の操業権は同じ25.5%を保有するBPが持つが、マーケティング部門ではStatoilが責任を負っている。輸送に関して自社の参加するTAP計画を選択するのは当然と思われる。筆者が2013年5月、パリでの国際シンポジウムでさまざまの専門家から話を聞いたところでは、TAPの優位、ナブッコの苦戦は公然と語られていた。 TAP選択後の2013年7月30日、Shah Denizコンソーシアムは TAPへの参加オプションを行使して、BP

(20%)、Socar(20%)、Statoil(20%)、Fluxys(16%)、Total(10%)、E.On(9%)、Axpo(5%)という構成になった(後述)。新たにTAPに参加したベルギーのFluxysは、2017 年 に は ア ル プ ス 山 脈 を 北 か ら 南 に 横 断 す るTransitgas Pipelineを逆走させてイタリアから北西ヨーロッパに輸出する構想を持っており、アゼルバイジャンのガス市場は更に欧州の北半部まで拡大していく可能性がある。この場合には4,000万㎥ /日(146億㎥ /年)まで通ガス量を引き上げる必要があり、追加ソースとなるガスをどう調達するかが今後の検討事項である*5。

(3)Shah�Denizガス田の開発計画

 2012年10月にShah Denizガス田の第2フェーズ計画が固まった。Shah Denizガス田からの生産量として160億㎥ /年が追加され、既存のSouth Caucasus Pipeline

(SCP)経由でトルコ領からTANAP*6(後述)に入り、トルコ内で60億㎥消費した後、残り100億㎥ /年が「南回廊

(South Corridor)」に入って欧州に輸出される構想である。 2012 年の時点で、「南回廊」の候補として、ITGI

(Interconnector Turkey-Greece-Italy) が 退 け ら れ、Nabucco WestとTAPの2候補が残っていた。2012年8月には、Shah Denizコンソーシアムは、TAPが選択された場合にはそこに50%参加するというオプションを獲得した。2013年1月10日、Shah Denizのパートナーは、Nabucco Westを選択した際にも、その50%を取得することで合意した。すなわち、どちらを選択してもコンソーシアムが50%参加するオプションを手にしていた*7。これも、EUの掲げるアンバンドリングとは相容れない姿勢である。 2013年12月17日、Shah Denizガス田の第2フェーズ開発への最終投資決定(FID)がなされた。計画によれば、26坑の生産井を掘削し、既往の生産量60億㎥ /年に加え160億㎥ /年を追加する。生産ガスは2018年にはTANAP(図7)を使ってトルコまで、2019年にはTAPを使って欧州まで出荷される。TANAPの入り口となるグルジアまでのパイプラインを含めた総事業費は280億ドルである。これにより100億㎥ /年のガスを25年間ギリシャ、ブルガリア、イタリアに運ぶTAPもゴーサインが出せる。 ただし、Statoilはノルウェー沖で主力となるJohan Sverdrup油田の開発に注力するために、Shah Denizガス田のシェアを25.5%から15.5%とし、減らした10%分を 14 億 5,000 万ドルで売却する。この結果、Shah Denizコ ン ソ ー シ ア ム は BP 28.8 %、Socar 16.7 %、Statoil 15.5%、Total 10%、Lukoil 10%、Nico 10%、TPAO 9%となった。更にTANAPパイプラインにおいてもStatoilは12%の取得オプションを行使せず、Totalも不参加となり、結果的に、Socar 68%、Botas 20%、BP 12%となった。

2.�「南回廊」パイプライン計画

(1)カスピ海でのShah�Deniz巨大ガス田の発見

 アゼルバイジャン沖にあるShah Deniz構造は、明確な形状を備えた大規模な背斜構造を成し、カスピ海における未試掘の背斜構造のうちでは最も規模の大きいものであった。1990年代半ばからアゼルバイジャンで鉱区が徐々に公開されると、どの会社がShah Deniz鉱区を取得するかが関係者の間で最大の関心事となっていた。

結局BP、Statoil等から成るコンソーシアムが鉱区を取得し、1999年にこのコンソーシアムによる試掘がいよいよ始まると、アゼルバイジャンの石油人は顔を合わせるやこの話で持ち切りになり、それこそ固

か た ず

唾をのんで掘削の進

しんちょく

捗を見守った。しかし、同年夏に掘り込んだのがガス層であったことが判明し、現地では落胆ともつかない複雑な気分が広がった。ガスの売り先は当面トルコし

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かないが、埋蔵量はトルコの需要をかなり上回っており、トルコの次はどこの市場へ売るかが課題となった。 石油に関してバクーからグルジアのトビリシを経由してトルコのジェイハン(Ceyhan)まで延びるBTCパイプラインが決定されると、時を合わせて、バクーからトルコのエルズルム(Erzurum)までの南コーカサス天然ガ ス・ パ イ プ ラ イ ン(South Caucasus Pipeline。Baku-Tbilisi-Erzurum〈BTE〉パイプラインとも称する)を引く計画が決まった。トルコから先へのパイプラインの延伸を考える必要が出てきた。

(2)�欧州の天然ガス需要予測と南回廊

(South�Corridor)パイプライン

 ECの予測によれば、欧州の域内ガス生産は2002 年に53%であったものが2030 年には19%まで減少する(図2)。英領北海の天然ガス生産量は、既に減少に転じている。このような流れを受けて、EU はロシア以外の複数のソースから供給する欧州横断エネルギーネットワーク構想(Trans-European Networks-

Energy:TEN-E)を立ち上げた。「複数のソース」とは、主にカスピ海と中東地域である。これにより、ヨーロッパへの天然ガスの最大の供給者であったロシアへの依存度を低減させることを目指している。「南回廊」パイプラ

「南回廊」パイプラインとSouth�Streamの諸元比較表

出所:諸情報を基に筆者作成

パイプラインSouth Corridor

TANAP-Trans AnatoliaNatural Gas Pipeline South StreamNabucco

(Nabucco West)Interconnector Turkey-

Greece-Italy(ITGI)TAP-Trans Adriatic

Pipeline

工事開始 2013 年予定 2014 年 2013 年

操業開始 2017 年予定 2007 年 ITG 区間 2019 年 2018 年 2015 年

事業者 / パートナー

OMV(Austria)MOL(Hungary)RWE(Germany)Botas( Turkey)Transgaz(Romania)Bulgargaz(Bulgaria)各 16.6%

Edison(50%)DepaBotas EGL

BP(20%)Socar(20%)Statoil(20%)Fluxys(16%)Total(10%)E.On(9%)Axpo(5%)

Socar(80%)Botas(15%)TPAO(15%)

Gazprom(50%)Eni(伊 20%)EdF(仏 15%)Wintershall(独 15%)

供給ガス田 Shah Deniz II (16B㎥) Shah Deniz II (16B㎥) Shah Deniz II (16B㎥) Shah Deniz II (16B㎥) West Siberia

積み出し地 トルコ トルコ トルコ、Kipoi グルジア国境 黒海、Russkaya

目的地 オーストリア 南伊 Otranto 南伊 San Foca トルコ国内 北伊

総延長

当初 4,042㎞2012 年以降 Nabucco West になってからはこの約半分

陸上:875㎞ギリシャ:590㎞ギリシャ~トルコ:285㎞海底:210㎞

ギリシャ・アルバニア・アドリア海横断:520㎞海底:115㎞

アゼルバイジャン~ギリシャ

伊北部までの総延長:2,380㎞ 黒海海底:902㎞

容量 31B㎥後に 10B㎥ 6.48 ~ 12B㎥ 20B㎥ 16B㎥ 63B㎥

口径 56”(1,420mm) 32”~ 45” 48”(1,220mm)

圧力 15 ~ 8MPa

総費用 Eur79 億($110 億) 海底:Eur3.5 億陸上:Eur6 億 Eur15 億 $100 億 Eur255 億

現況 2009 年 7 月政府間合意2013 年 6 月、落選決定

Azerbaijan-Italy ガス供給MOU停止状態

2008 年 2 月 JV 設立2013 年 6 月、Shah Deniz ガスの輸送に TAPを選択

2011 年 12 月 26 日発足2012 年 6 月 26 日政府間合意

2012 年 11 月に投資決定2013 年工事開始

ECの予測する増加する欧州のガス輸入図2

出所:Nord Stream ウェブサイトから* 8

58%

42%

81%

19%

2005

Imports

EU domesticgas production

2025

543bcm629bcm

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TANAP-TAPパイプラインがカスピ海のガスを欧州に運ぶ -アンバンドリング政策に翻弄された「Nabucco」パイプライン計画-

インもその計画の一部として検討された。 「南回廊(South Corridor)」パイプラインとは、EUのエネルギー安全保障強化に資するべく、EUへのエネルギー供給ルートとソースの分散化、および拡充を目的とする優先的な政策で、その後ナブッコ、ITGI、TAPの3件が対象となった。天然ガス・ソースとしては、基本的にカスピ海を想定している。これは、欧州の天然ガス輸入におけるロシア依存度を低下させたいとするEU、そして米国の考え方に則

のっと

ったものである。 これに対抗した計画として、2007年、ロシアとイタリアがSouth Streamを提唱した(後述)。ルートは同じく南欧を通るものの、ソースがロシア産のガスであり、

「南回廊」パイプラインに対抗するために考えられた計画であった。ドイツを中心とした欧州北部の天然ガス市場は、LNG以外はNord Stream計画が先行し、他のパイプラインとの競争がないなかでロシアが単独で押さえた形になったが、イタリア、オーストリアを中心とした欧州中南部の市場をめぐっては、パイプライン計画同士の競争が表面化していた。

(3)ナブッコ(Nabucco)パイプライン計画

a)パイプライン計画のスタート 今後欧州で増大するガス需要を考慮して、オーストリアの総合石油ガス企業OMVは、トルコの国営ガス会社であるBotasと2002年2月に協議し、トルコから中欧までのガスパイプラインに関する検討が始まった。同年6月、ウィーンに、この2社に加えパイプラインの通過

国となるハンガリーから国営石油ガス企業MOL、ブルガリアから国有ガス企業Bulgargaz、ルーマニアから国有ガス配送企業Transgasが一堂に会した。パイプラインの名称をどうするかという段になって、参加者の1人が「文化の香りのする名前がいいな」とふと漏らした。それから晩餐会となりその後はウィーンの習慣に倣ってオペラ見物で腹ごなしとなったが、この日の演目がベルディの『ナブッコ』であったことから、誰が言うともなくプロジェクト名はナブッコで決まった*9。 ベルディのオペラ『ナブッコ』は旧約聖書の『ダニエル書』『エレミア書』等に基づいてオペラ化したもので、ナブッコとはいわゆるバビロン捕囚でユダヤ民族をバビロンの地に連れ去った新バビロニア王国のネブカドネザル国王

(二世)のイタリア語読み「ナブッコドノゾル」を縮めた通り名である。史実と異なり、『ナブッコ』では権勢を極めたナブッコ王がユダヤの神の怒りに触れて雷に打たれるが、その後心を入れ替えてユダヤ教に改宗するというもので、無慈悲な王ナブッコのイメージがロシアという国と重なったのかもしれない。ナブッコ関係者が自らの対ロシア戦略をこの名前に託したものとも受け止められる。

b)計画の概要 ナブッコ・パイプラインは、EUの主張する天然ガス供給ソースの分散化を主要な政策目標とし、ロシア産ガスへの過度の依存を改めるべく、中央アジア・カスピ海・中東のガスを欧州市場へ輸送しようというEUの政策を強く反映したものである。当初の計画では総工費79億ド

ナブッコ・パイプラインへの供給ガスの図ロシアも早い段階から供給国の一つに数えられている*10図3

出所:ナブッコウェブサイト

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ル、総延長3,300㎞、パイプ径56”(1,420mm)、輸送能力310億㎥であった。2004年6月に、OMV(オーストリア)、MOL(ハンガリー)、Transgas(ルーマニア)、Bulgargaz(ブルガリア)、Botas(トルコ)の間でコンソーシアムNabucco Gas Pipeline International GmbHが設立され、2008年2月にはドイツの電力・ガス大手のRWEが参加した。その後、RWEは2012年に撤退している。 輸送能力の310 億㎥ はEU の需要の8%を賄う。ガスのソースは、アゼルバイジャン沖のShah Denizガス田からの160 億㎥ /年が前提となっているが、それだけでは不足するので、その他ロシア、イラン、トルクメニスタン等を想定しており、将来的にはイラク、エジプトも考えられていた(図3)。ただし、EUはロシアとイランからのガスは回避すべく強力に働きかけ続けてきた。 一方、EUをはじめ西側からの意見として、イラク西部のAkkasガス田からのガスを合わせればよいとか、トルクメニスタンからのカスピ海横断パイプラインを引けばナブッコ・パイプラインの容量を満たせるのではないか、といった見解が寄せられたが、それぞれのガス田の持つ開発計画・スケジュールを無視して、ナブッコのためだけにガスを供出させようという乱暴な議論であった。各ガス田の所有者は、それぞれ自らの利益の極大化を独自に目指すものであり、ナブッコ・パイプラインを稼働させるために、各ガス田の生産計画をパイプラインのスケジュールに合わせるというのは本末転倒であろう。パイプラインとは、上流事業のマーケティングの一環として位置づけられるべきものである。これらの所有者にナブッコを利用してガスを出してもらうためには、それ相応の魅力的な条件を提示しなくてはならないが、そのことはパイプラインそのものの経済性を低下させる要因となる。 結局、天然ガス供給ソースの見通しが立たないために計画は後倒しにされ続けた。

c)政府間合意の動きと供給ソースの変化 2009年1月、ウクライナ、ロシア間で2度目のガス紛争が起きた(後述)。これを教訓として、EU内部においてガスソースのロシア離れの必要性が強調されるようになり、ナブッコ・パイプラインの早期実現が強く主張され、同年7月13日には長らく待たれていたナブッコ・パイプラインに関する政府間合意書(Intergovernmental Agreement:IGA)がトルコのアンカラにおいて、関係5カ国間で調印された*11。 この合意書では、通ガス容量の50%がコンソーシアムの6社に、残りの50%がそれ以外の生産者に割り当てられるとされた。これはEUの掲げる第三者アクセス

容認の方針に沿ったものである。トルコのErdogan首相、ブルガリアのStanishev首相(当時)、米国のMornigstarユーラシア・エネルギー担当公使はそれぞれ、ナブッコ・パイプラインにロシアのガスが入る可能性に言及した。Morningstar公使は「パイプラインの送ガス容量の50%は、天然ガス供給者に公開されており、競争により一定の通ガス能力を確保することができる、そこにはロシアも参加できる」と述べた*12。これは、これまで天然ガス供給国としてまずアゼルバイジャン、次いでイラク、エジプト、トルクメニスタンなどが挙げられていたものを、

「パイプライン・アクセスの平等」を標ひょうぼう

榜することによってロシアも加われるようにしたというもので、EUが当初掲げていた「ロシア・イラン忌避」というナブッコ・パイプラインの事業目的はこの時点で曖昧となった。 ナブッコ・コンソーシアムのウェブサイトに掲載された供給ソースを示した図3を確認してみよう。ここでは、コンソーシアムはイランやロシアのガスも供給ソースとして図示されている。コンソーシアムの考えは明快で、天然ガスの最大の供給者はロシアを措

いて他になく、これに加えてアゼルバイジャンその他の供給国のガスを上乗せして欧州へパイプラインで輸送するのが実現性の高い計画であるというビジネスに立脚した主張である。この図は、政府間合意書が交わされる以前から掲げられており、政治性を標榜するEUに対するコンソーシアム側の独自見解とも見られる。ナブッコ・コンソーシアムのMitschek社長は先行して2008年にロシア産ガスの輸送の可能性に言及しており*13、翌年の日本の新聞のインタビューに対しても同様の発言を行っていた*14。事業体であるナブッコ・コンソーシアムそのものは、EUの唱道する「政治」とは一線を画した姿勢を示していたと言える。 2009年7月の政府間合意はあくまで政府レベルであって、当然ながら天然ガスソースの不足という問題を抱えたままの状況ではプロジェクトの成立は困難と見なされ、計画は行き詰まった。 2011年5月に入り、ナブッコ・コンソーシアムは、Shah Denizガス田の160億㎥ /年の本格開発による生産が当初の2014年から2017年となることを受けて、稼働開始を2017年、このための建設開始を2013年に先送りした。建設費は79億ユーロ(117億ドル)から 140億ユーロへとほぼ倍増した*15。 しかし、2011年12月26日、トルコとアゼルバイジャン両国政府がShah Denizガス田のガスをグルジア経由でトルコ領内に輸送するTANAP (Trans-Anatolian Gas Pipeline)計画を発表したことから、ナブッコ計画はトルコ内での事業の可能性がなくなり、トルコから先のバル

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TANAP-TAPパイプラインがカスピ海のガスを欧州に運ぶ -アンバンドリング政策に翻弄された「Nabucco」パイプライン計画-

カン半島からオーストリアまで、つまり西半分においてのみ運営される“Nabucco-West”へと規模の縮小を余儀なくされた。この結果、既述のように、2013年6月にはこの縮小計画も対象から外されることになり、一連の動きは終息した。ただし、ナブッコという事業体は依然存続し、黒海からのガスパイプライン計画に関与していく方針であるという*16。パイプライン会社がガスを求めて御用聞きをするという前代未聞の状況はまだ続く。

(4)�ITGI(Interconnector�Turkey-�Greece-

Italy)

 トルコからギリシャ経由でイタリアまでを結ぶITGI ガス・パイプライン計画は、2005 年11月4日にギリシャ、イタリア、トルコ首相の間で合意し、3カ国の協力協定は2007年7月にローマで調印された(図4)。これはカスピ海と中東のガスを年間100 億㎥ の量でイタリアに送るというもので、計画発表時の総工費は9 億5,000万ユーロ(約13 億ドル)と、南回廊では当時は最も安価とされた。当初は2015 年の稼働開始を目指していた。 全体は、トルコ-ギリシャ間のITG(Interconnector Turkey-Greece)区間と、ギリシャ -イタリア間のIGI

(Interconnector Greece-Italy)から成り、枝線としてギリシャ -ブルガリア間のIGB(Interconnector Greece-Bulgaria)から成る(図4)。  ト ル コ の 西 部 の Karacabeyか ら ギ リ シ ャ のAlexandroupolis経由でKomotiniに至るITG区間は、先行的に2007年11月18日に稼働開始し、アゼルバイジャン沖合のShah Denizガス田からの第1期の天然ガスがトルコ国内のネットワークを経由してギリシャに入っ

た。総延長は296㎞、能力は当初年間70億㎥であったが、稼働当初のギリシャの国営ガス企業DEPAによる実際の輸入量は年間7億5,000万㎥であった。建設はDEPAとトルコの国営ガス企業Botasがあたった。建設費はギリシャ区間は1億1,800万ユーロ、トルコ区間は1億6,500万ユーロを要し、EUは技術スタディ費の50%、建設費の29%をファイナンスした。ギリシャ政府も同じく建設費の29%をファイナンスした。現状では、実現したのはこのITG区間のみである。 この先の海底区間は、“IGI Poseidon”と呼ばれ、ギリシャ西岸(Stavrolimenas)からイタリア(Otranto)間の全長207㎞ のアドリア海横断海底パイプラインで、最大水深は1,380mである。口径は32”、耐圧は15MPa、輸送能力は年間100億㎥という計画であったが実現しなかった。 2011年1月、欧州委員会(EC)のBarroso委員長がアゼルバイジャンを訪問し、Ilham Aliyev大統領との間で、Shah Deniz-2のガスを南回廊を利用して欧州へ運ぶという内容の共同宣言が採択された。その後の2月、EUは乱立気味であった南回廊を整理すべく、ナブッコ計画とITGI計画とを統合することとし、表面的にITGI計画は姿を消すことになった*18。この時点でも、EUのナブッコを推す意欲は依然根強いものがあったと言える。

(5)TAP�(Trans�Adriatic�Pipeline)

 TAPも基本的にはトルコからイタリアに至る天然ガス・パイプラインであるが、特徴はその高い経済性志向である。ルートはギリシャから更にアルバニアを経由しイタリアまでの最短距離をとり、海底区間を短くするこ

ITGI パイプラインのルート*17図4

出所:ITGI ウェブサイト

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アナリシス

とで、コスト削減に寄与している(図5)。  TAPのアイデア自体は、スイスのエネルギー大手EGLが2003年に発表し、2006年3月から同社による本格的な技術、経済性、環境評価に係る商業スタディが開始された。2007年3月には基本エンジニアリング作業、2008年にはFEED (Front End Engineering Design) が実施された。この年、ノルウェーのStatoilが参加し、事業会社Trans Adriatic Pipeline AGが設立された。更に、2010 年 に ド イ ツ の E.On Ruhrgasが 参 加 し て、EGL

(42.5%)、Statoil(42.5%)、E.On Ruhrgas(15%)という当初の体制ができ上がったが、いずれも天然ガスの目的地でない国の企業である。前述のとおり、StatoilはShah Denizガス田の開発に参加している。 本パイプラインは、EU全体、そして特にバルカン半島でのロシアへの過大な依存を減らし、エネルギー調達の分散化に資することを目的としつつも、あくまで商業プロジェクトであることを強調しており、公的な支援に頼らない姿勢を標榜し、EUに対しては距離を置いている。 パイプラインの総延長は520㎞で南回廊のなかでは最も短く、かつアドリア海の海底区間も115㎞と最も短い。ルートは既にトルコからのパイプラインが来ているKomotini(すなわちITG区間の終点)を起点とし、最短距離を取るためにアルバニアに入り、アドリア海を渡りイタリアのSan Focaで陸揚げされる。最大水深は820mでITGIの1,380mよりはるかに浅い。 パイプの口径は48”(1,220mm)、輸送容量は当初年間100億㎥であるが、将来的に200億㎥に引き上げる計画もある。

(6)SEEP(South�East�Europe�Pipeline)

 2011年9月24日、ガス田を操業するShah Denizコンソーシアムはこれまで提案されてきたナブッコ、ITGI、TAPの「南回廊」プロジェクトに替わり、トルコからオーストリアに至る総延長800 ㎞のSEEP計画を自ら提案した。通過国はブルガリア、ルーマニア、ハンガリーで基本的にナブッコと同様である。これは、既往のパイプラインインフラをできる限り使用して、全体のコスト削減を図ろうとするものであった。ロシアからブルガリア経由でトルコに入るパイプラインガス合計140億㎥のうち、80億㎥分が2011年に契約満了となることから、このラインを逆走利用することがこのアイデアの基本にある*20。 一方、時期を同じくして、Shah Denizコンソーシアムは、既に名乗りを上げている「南回廊」のナブッコ、ITGI、TAPの3計画に対して、その事業内容について詳細な提案を求めた。この期限は、2011年10月1日で、3計画が揃って応募した。Shah Denizコンソーシアムは年末までに落札者を決め、2012年に最終投資決定(FID)、2017年に年間160億㎥で輸送開始、60億㎥をトルコへ、100億㎥を欧州市場へ送るというものである。 これには、Shah Denizコンソーシアム自身による欧州向け輸出構想であるSEEPも第4の候補として競う。事業の判断基準は、①経済性、②事業実現性、③資金調達実現性、④設計、⑤事業連携可能性と透明性、⑥安全性・効率的運用性、⑦規模、⑧戦略的有用性というものである。つまり、Shah Denizコンソーシアムとしてはこれらを競わせてコストの圧縮が図れれば、自らが建設するのでも(SEEP)、他の事業者(South Corridor)に任せても、どちらでもよいというのがその意図である。この時点で、

TAPのルート*19図5

出所:TAP ウェブサイト

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TANAP-TAPパイプラインがカスピ海のガスを欧州に運ぶ -アンバンドリング政策に翻弄された「Nabucco」パイプライン計画-

早くもTAPが経済性で自信があると表明した*21。 BPのような欧州企業がEUの提唱するアンバンドリングに対抗したのは、これが最初と思われる。カスピ海の上流事業者自ら生産ガスの輸送を手掛けようというもので、アゼルバイジャンの石油では、EUの域外であるが、既にBPが中心となってAzeri-Chirag-Gunashli油田の原油をBaku-

Tbilisi-Ceyhan(BTC)パイプラインで地中海へ運んでいる。天然ガスの場合は欧州市場まで目指すことになり、第3次エネルギーパッケージ(後述)によりEUがこのようなチェーンビジネスを許さないとの姿勢を取ったことから、

「南回廊」の計画が乱立するという複雑な状況となった。 EUはこれを競争の活発化として評価するであろうが、

TANAPパイプライン*22図6

出所:BP ウェブサイト

最終的な「南回廊(TANAP-TAP)」とSouth�Streamパイプライン図(2013年7月時点)図7

出所:JOGMEC 作成

MID

AL

Rehden

NELNEL OP

AL

OP

AL

South Stream63Bcm

AkkasAkkas

GreeceGreece Turkey

BulgariaSerbiaSerbia

Romania

Poland

Czech

Belarus

Germany

NorwaySweden

Finland

Italy

Ukraine

Georgia

AzerbaijanAzerbaijan

Russia

Kazakhstan

Uzbekistan

Turkmenistan

IranIraq

Syria

AustriaAustria

SloveniaSloveniaCroatiaCroatiaBosnia-HerzegovinaBosnia-Herzegovina

Hungary

VarnaVarna

SamsunSamsun

RusskayaRusskaya

Greifswald

Olbernhau

VyborgVyborg

Yelets

UzhgorodUzhgorod

Orenburg

ErzurumErzurum

CACCAC

CAC

-3C

AC-3

Blue S

tream

Blue S

tream

SouthCaucasus

SouthCaucasusTAPTAPTanapTanap

Soyuz

Nord S

tream

Nord S

tream

55Bcm

55Bcm

Northern Lights

Northern Lights

Brotherhood

Brotherhood

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アナリシス

実際にはナブッコ計画のみを推奨してきた経緯があり、公平性はないがしろにされてきた。BPとしては、むしろ生産から輸送までを一貫して操業することによりチェーンビジネスとしての利益を重視し、EUによるアンバンドリング政策に対抗する意図があったものと思われる。

(7)�TANAP(Trans-Anatolia�Natural�Gas�

pipeline)

 しかし、上記のような動きは、今度はアゼルバイジャン、トルコ両国政府により覆される。2011年11月17日にイスタンブールで開催された第3回黒海エネルギー経済フォーラムにおいて、両国政府によりトルコ国内を通過するTANAP計画が発表され、同年12月26日にはこれに関する覚書が調印され、更に2012年6月26日には両国の正式な政府間合意が交わされた。これは、あくまでトルコ区間における計画であり、ギリシャから先は従来の「南回廊」へと連結する計画である。 容量は年間160億㎥で、将来600億㎥まで増量もあり得る。権益はアゼルバイジャンのSocar(80%)、トルコのBotas(15 %)、TPAO(5 %)である。工事開始は2014年、稼働開始は2018年、総事業費は70億ドルを見込む。しかし、2013年のコスト見直しで100億ドルへと引き上げられた*23。

(8)最終決着

 2012 年 8 月、Shah Denizコ ン ソ ー シ ア ム(BP、

Statoil、Total、Socar等)は、TAPが選考された場合に50%を取得するオプションを獲得し、更に翌2013年1月10日、Nabucco Westを選択した際にその50%を取得することで合意した。これで、2013年6月の最終ルート決定においていずれかが選択された場合でも、確実に上流側コンソーシアムが参加できることとなった*24。 この後、6月26日にTAPが選ばれた状況は、冒頭に記したとおりである。これによって「南回廊」は、TANAP-TAPという計画で決着した(図7)。7月30日には、Shah DenizコンソーシアムはTAPへの参加オプションを行使した。新株主は、BP(20%)、Socar(20%)、Statoil(20%)、Fluxys(16%)、Total(10%)、E.On(9%)、Axpo(5%)である。当初、Shah Denizコンソーシアムには50%の参加オプションがあるとされていたが、結果的に60%となった。TAPのKjetil Tungland社長は、本件が「上流部門と輸送部門の融合である」とその意義を述べた。これは、特段論評されていないが、EUの言うアンバンドリング策に対する当て付けとも取れる発言である。EU側もこれに対抗できなかったことから、アンバンドリング策の適用を免除せざるを得なかったものと思われる*25。 Shah Denizガス田の生産量は現状年間90億㎥、第2フェーズで年間160億㎥、合計で年間250億㎥となる。この増量分160億㎥のうち、トルコに60億㎥供給し、欧州に100億㎥輸出する。トルコへは2018年、欧州へは2019年供給開始の予定である。

(1)サウス・ストリーム計画の概要

 ナブッコ・パイプライン計画に対抗して、2007年6月、GazpromとイタリアのEniは、サウス・ストリーム(South Stream)パイプラインの建設で合意した*27。筆者は、モスクワの MIOGE (Moscow International Oil and Gas Exhibition) というシンポジウムの場で、この事業についてホットニュースとして飛び入りで発表されるのを聞いた。発表者はEniの社員であった。 当初の計画は、ロシアから黒海海底を西方に900㎞延伸してブルガリアのブルガス(Burgas)に至るもので(図1)、ブルガリアからは南方へ、ギリシャ経由でイタリアに至る990㎞のラインと、西方へ1,300㎞延びてオーストリアに至るというものである。通ガス能力は当初年間300

億㎥、その後630億㎥まで引き上げられた。これは、ウクライナはもちろん、トルコをも迂

う か い

回するルートである。一方、オーストリアに向かうラインは、まさにナブッコと競合していたが、Nabucco Westが採用されなかったことから、現行のバルカン半島-南欧地域を通るパイプライン計画はSouth Streamのみとなり、「不戦勝」の状況となっている(図7)。 ロシアはブルガリアとは、2008年1月に合意しており*28、続いて同月にセルビアが参加*29、更にハンガリーとも次々と合意した*30。その後、セルビアでは2008年5月の議会選挙を経て、改めて国内400㎞のパイプラインの通過を承認した*31。  2009年8月、プーチン首相(当時)のアンカラ訪問で、

3.�サウス・ストリーム計画*26

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TANAP-TAPパイプラインがカスピ海のガスを欧州に運ぶ -アンバンドリング政策に翻弄された「Nabucco」パイプライン計画-

ロシア側はトルコを南北に横断するSamsun-Ceyhan石油パイプラインへの協力の見返りに、South Streamの黒海のトルコ領海での敷

ふ せ つ

設権につき了解を得た。 2010年4月の段階での政府間合意は、ブルガリア、ギリシャ、セルビア、ハンガリー、クロアチア、スロベニア、オーストリアの7カ国となり、全通過国がひと通り網羅された。ただし、通過ルートは再三にわたって変更されており、2009年5月のイタリアのベルルスコーニ首相(当時)の訪露時には、通ガス量も当初の300億㎥/年から唐突に630億㎥ /年に引き上げられるなど、計画が十分に練られているとは言い難かった。 2010年3月9日、EniのScaroni CEOがSouth Streamとナブッコの統合を提案した。これに対して、3月15日、ロシアのShmatkoエネルギー相(当時)がScaroni提案を正 式 に 拒 否 す る 一 方、 ロ シ ア・ ガ ス 協 会 の Valery Yazev会長は統合案を合理的と評価するなどロシア側の評価も分かれていた*32。このような対応の違いが出てくること自体、South Streamの計画が十分詰められていないことの証しである。最終目的地も当初はオーストリアのバウムガルテンであったが、2011年暮れにスロベニアから直接イタリアに入り、バウムガルテンへは枝線で供給することとした(図7)。この時点で、供給開始は2015年から150億~ 200億㎥で、2019 ~ 2020年には630億㎥に増量する計画となった。総事業費は155億ユーロ(218億ドル)。他に黒海海底建設費100億ユーロである*33。

(2)サウス・ストリームに関する政治的環境整備

 2011年に入り、ナブッコ計画がほとんど進展しないなかで、ロシア政府はEUとSouth Streamに関して精力的に会合を開いた。 2011年2月24日、ブリュッセルでEU首脳とプーチン首相・Shmatkoエネルギー相(いずれも当時)が、2011年3月に効力を発するEU法「第3エネルギーパッケージ」(後述)に関して、それぞれのエネルギー政策の違いに関して話し合った。論点は、①エネルギー輸送インフラに対する第三者アクセス、②資源供給者と輸送インフラ所有者の分離(アンバンドリング)、の2点である。プーチン首相は、EU法はロシアによるガス供給に悪影響があり、新規ガス・パイプラインの建設を阻害するものとし、更に第三者がパイプラインにアクセスできると中間業者が介入し欧州市場末端でのガス価格は上昇すると述べ、EUの考え方を批判した* 34。また、Gazpromは、South Streamに関しても、EUの推すナブッコと同等のTen-E(Trans-European Network)ステータスを要求し

た。これが受け入れられると、EUからのソフトローンと早期計画認可の道が開ける。 次いで5月25日には、Shmatkoエネルギー相が欧州委員会(EC)でSouth Stream計画を説明した。EUエネルギーコミッショナーのGünther Oettingerは、EU域内に入るパイプラインはEUエネルギー市場の規則に従う必要があるとの立場から、以下の3点を指摘した。①South Streamは無条件でEU域内の全てのシッパーにパイプラインの輸送容量を登録分配すること、②シッパーに課されるタリフは関係国の規制に委ねられるべきこと、③緊急時にはパイプラインの逆送が技術的に実施可能であること*35。更に、OettingerはロシアでのGazpromによる独占状態に懸念を示し、パイプラインの運営にロシアで第2位のガス生産量を持つNovatekのような独立系ガス企業が参加することが望ましいとした*36。 このブリュッセルにおける会合に関してWorld Gas Intelligence誌は、EC側がSouth Streamに関して、初めて計画に邪魔立てしないとの反応を見せた、と評した*37。また、OettingerはSouth Streamに関して、EUにとって最優先事項ではないが特にロシアが供給路を広げることに価値を見出すとし、Gazpromがロシアで活動する独立系ガス会社のアクセスを認めるならば、ルートと供給ソースの分散化において、EUの分散化努力に貢献しているとした。これはEU側の認識がかなり変化してきたことを示している。

(3)South�Streamの通過国とパートナーの動き

 ロシアとSouth Streamの各パートナーとの関係をめぐっても必ずしも順調ではなく、さまざまな対立や懐柔が展開されてきた。

a)ブルガリア ブルガリアでは、2009年7月5日に実施された議会選挙の結果、中道右派が圧勝して、首都ソフィアの市長であったBoyko Borisovが首相に就任した。同市長は就任前、経済エネルギー相に書簡を送り、South Stream建設に関わる契約等の見直しを求めたとされる一方、13日にはナブッコの政府間合意に調印し、更に翌日にはギリシャのDEPA、イタリアのEdisonとITGIパイプラインへの参加で合意するなど、ロシア離れの動きを明確にしていた。 一方、ルーマニアは2010年2月にSouth Streamへの関心を表明した。すなわち、黒海からの上陸地点

(landfall)をブルガリアからルーマニアへと移すという強引な案である。GazpromとルーマニアのRomgazはこ

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の前年、容量60億㎥の地下貯蔵設備と配送に関する50:50のJVを立ち上げるMOUを結ぶなど関係を深めていた*38。これは、ロシア側のブルガリアに対する揺さぶり工作で、これが功を奏したのか、2010年7月16日にブルガリア政府はロシア政府とSouth Streamパイプラインの建設に係る政府間契約に調印した。 2010年9月13日、GazpromのMiller社長とブルガリアのBulgarian Energy Holding(BEH)のMaya Histova社長は、50:50のJV“South Stream Bulgaria”の設立で合意した。 2011年6月には、Gazprom ExportとブルガリアのBulgargazが天然ガス供給の長期契約を結んだ。ここでは、中間業者2社(OvergasとWIEE。ともにGazpromが50%保有)を排除し、また2012年末までの間、ガス価格を5 ~ 7%引き下げる。これはパイプライン合意のためにGazprom側がよりよい条件を提示した事例と思われる*39。

b)クロアチア 2010年3月2日、クロアチアがSouth Streamに参加し、50:50のJVをGazpromと設立した。それまでの天然ガス輸入量は年間12億㎥、これを将来的に27億㎥まで引き上げることになる見通しである*40。 しかし同年12月に、クロアチアの国営エネルギー企業INAはイタリアのEniと2011年から3年間7億5,000万㎥ /年の天然ガスを買う契約を締結した。これは価格と柔軟性の点でロシア産ガスよりもメリットがあったためと言われる。Gazpromはこれまでの年間12億㎥ /年の契約を2010年限りで失うことになった。クロアチアへは従来スロベニア経由のパイプラインでガスを入れていたが、ハンガリーからのパイプラインが稼働開始になった。Kommersant紙によれば、Gazpromからイタリアへのガス輸出は2010年1 ~ 9月で48%減、一方イタリア自体のガス輸入は9%増で、当時天然ガス価格政策をめぐってGazpromとEniの間に不協和音があったことを反映したものと思われる*41。

c)建設関係の合意 2010年3月、セルビアのDodik首相はモスクワを訪問し、セルビア区間のSouth Streamから、ボスニア=ヘルツェゴヴィナへ480㎞の支線を建設する計画で合意した。輸送量15億㎥ /年、これは最も大規模な支線建設の計画である*42。 同年6月7日、モスクワでGazpromとギリシャの配給会社であるDesfaがSouth Streamのギリシャ区間の建

設を担当する50:50のJV South Stream Greeceを設立した。ギリシャ区間の総工費は10億ユーロ(12億4,000万ドル)である*43。

(4)South�Stream計画の最終投資決定まで

 2011 年 3 月 21 日、 ド イ ツ の BASF-WintershallとGazpromは、20億ユーロ(28億4,000万ドル)を投じてSouth Streamの15%の権益を譲渡する合意書(MOU)を締結した。一方、Eniの50%からは、フランスのEdFが15%を引き受けた*44。 2011年暮れ、Gazpromは新規ルートとしてオーストリアを外し、通過国をブルガリア、セルビア、ハンガリー、スロべニアとし、イタリアを最終目的地とした。ブルガリアからギリシャへは支線となり、南イタリア向けは取り下げられる*45。これは、北支線が北イタリア経由でイタリア市場に入ることから、南支線を維持する必要が低下しており、TAPとの競合を避ける意味から見送ったものと思われる。 2012年11月14日、South Streamの黒海海底部分への投資決定がなされた。翌15日、ブルガリアで投資決定がなされたのを受けて、GazpromはSouth Stream全体の投資を決定した。通ガス能力は年間630億㎥、イタリア北部までの総延長は2,380㎞、総工費160億ユーロである。12月7日、着工のセレモニーが挙行された*46。 ただし、South Streamコンソーシアムは、パイプライン建設は2014年と発言しており、12月7日の着工式はあくまでシンボリックなものに過ぎない。主要な工事は2014年に開始し、ロシア領黒海Russkaya(クリミヤ半島に近いAnapaから10㎞南)から32”(813mm)径のパイプラインを地上2.5㎞走らせて後、黒海に入り902㎞の海底区間を経て、ブルガリアのVarnaで陸揚げする。海底区間の始まりであるRusskayaは当初の地点であったDzhubgaから125㎞クリミヤ半島側にある。新しい陸揚げ地点のVarnaは当初のBurgasから90㎞ウクライナに近いが、ここがブルガリアの黒海沖合ガス田からのパイプラインの陸揚げ地点であることから選択されたものと思われる。2018年までに海底下のパイプを4本走らせる計画である*47。水深2,100mとなる黒海海底でのパイプライン敷設技術は、2002年のBlue Streamの建設において実証されおり、技術上の問題は克服されている。 2013 年 10 月 2 日には、Gazpromと South Streamコンソーシアム(Gazprom 50%、Eni 20%、Wintershall 15%、EdF 15%)がShip-or-Pay合意書を締結し、10月4日、コンソーシアムの事業着手で合意した。既に30%の出資金は確保してあり、70 %の融資はフランスの

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TANAP-TAPパイプラインがカスピ海のガスを欧州に運ぶ -アンバンドリング政策に翻弄された「Nabucco」パイプライン計画-

 今回のBPを中心としたコンソーシアムの動きは、筆者らの立場である産業の側から見ると、これまで採られてきたEUのエネルギー政策とは距離を置いているように見える。このことは、現状ではEUの公式コメントにおいても、報道機関の論評にも表れていない。この状況をどう考えるべきか、EUのエネルギーパッケージを確認しながら検討してみたい。

(1)第1エネルギーパッケージ

 EUは1992年末の域内市場(internal market)の統合以来、「エネルギー政策においては、自由化が競争市場を創出し、産業の効率化とコスト・販売価格の低廉化を促し、需要を増大させる」という基本的な考えに基づき、電力およびガスにつき競争市場の促進を打ち出した。 この方針を受けて、EUは1998年に「ガス指令 (1998 EU Gas Directive)」を発布した。これは、前年の「電力指令 (1997 EU Electricity Directive)」に続くもので、2004年までに産業部門を完全自由化するようEU加盟各国に義務付けたものである。このなかで、従来のガス契約の主流であったTake or Pay条項の付いた長期購入契約や、第三者への転売を禁止した仕向け地条項

(Destination Clause) については、競争を阻害し、自由化の目的に反することから、排除するとした。特に仕向け地条項は、供給の過剰地と過疎地を均

なら

すための域内でのガスの融通を阻害する措置と見なされた。

 Gazpromは欧州ガス市場における自由化の推進について、①ガスの末端販売価格が低下してその結果、輸出価格が抑えられ収益性を圧迫してくる可能性があること、②ガスの長期販売契約が生産者側にとって投資資金確保の唯一の方策であったものが、新規プロジェクトに関して深刻な資金調達問題に直面する恐れのあること、等から疑問を呈した。Gazpromとアライアンスを組むなどして、新規ガス田開発を志向していたShellも、欧州周辺に膨大なガス埋蔵量がありながら市場が確保できないために大型の開発が進展しないといった批判を生産者の立場から表明した。

(2)第2エネルギーパッケージ

 2003年、ECは、今後EU域外からのガス輸入が確実に増加する見通しであることから、ガスの安定供給に向けた域内ガス市場の共通ルールの策定と、緊急時における対応策を規定した「石油・ガスの安定供給に関する指令 」を公表した。これが第2エネルギーパッケージと言われるものである。この主な内容は、①小売市場の全面自由化、②生産者と輸送者の分離(アンバンドリング)

(2003/54/EC)、③輸送手段への第三者アクセス(EC No. 1775/0225)である。 この政策の特徴は、天然ガスの生産・輸送・販売に係るバリューチェーンを解体して、競争原理を導入することにある。特に、電力・ガスは送電網・パイプラ

4.�EUの天然ガス政策

Credit Agricole Coporate and Investment、オランダのING、ロシアのRPFB Financeにより2014年に実行される。建設は2014年開始で合意し、157億5,000万㎥ /年を送る第1節の稼働開始は2015年とし、ブルガリアにガスが送られる。残りの3 節は2019年稼働開始、合計630億㎥ /年となる。ただし、陸上でのEUからの第三者アクセス要請は不明確のままであった*48。

(5)South�Streamの工事着工へ

 2013年11月24日、セルビアでSouth Streamの工事が開始された。セルビア区間における輸送能力は年間400億㎥、パイプライン長は420㎞となる*49。 この建設費はGazpromが融資し、セルビアはパイプラインのタリフ収入から返済する*50。セルビアから着工された

のは、同国がEUに加盟しておらず、EUの第3エネルギーパッケージの適用がないことから問題が生じないとの考えによる。 しかし、12月4日になって、ECの域内エネルギー市場部長Klaus-Dieter Borchardtは、欧州議会のSouth Streamに関する審議会で、South Streamの全ての政府間合意はEUの第3エネルギーパッケージに違反しており、パイプラインの運用は認められず、再交渉される必要があると述べた。主たる問題点は、生産・輸送分離(アンバンドリング)、第三者アクセス、Gazpromによる輸送タリフ決定方式である。これに対して、GazpromのMedvedev副社長は、既にFIDを通過し、工事開始している段階で、第3エネルギーパッケージの例外措置を求めるのは遅すぎると反論した*51。

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イン網というネットワーク・インフラに依存していることにより自然独占状態にあるので、これを分離

(unbundle)して競争と参入を促し、市場を活性化させようとするものである。 電気に関しては、発送電分離は再生可能エネルギーや分散型発電の導入においても必須のものであり、世界的な流れであると言える。電源立地と消費地とそれを繋

つな

ぐネットワークは本来、経済合理性に基づいて設計されており、電力需要の増加のなかで生まれる新規参入者もこの合理性の範囲内で活動できる。よって、輸送手段が独占されないことは新規参入を促す契機となる。 一方、ガス田は天然のプロセスにより形成されるもので、その立地は偶然的なものである。ガス田が発見されてから、初めて経済的に可能な範囲内で消費地までの輸送が検討される。近隣に別会社の新規のガス田が新たに発見されれば、パイプラインの共同利用が検討されることはよくあり、探鉱成熟地域では有効であるが、当初からアンバンドルしたからといって、新規の発見のための投資が増えるわけではない。よって、電力におけるアンバンドリングは投資の活性化という効果は期待できるが、ガス事業で同様の効果は期待できない。ガスパイプラインにおけるアンバンドリングは、高密度のネットワークが既に形成されている米国で成功した方式であるが、EUの主張するガスにおけるアンバンドリングは、上流側に有利なバリューチェーンを解体し、EU市場という下流側において有利となる競争を導入すること、つまりローカルな利益偏重が目的であって、経済上の普遍的な価値を目指す政策とは言えない。 一方、Take-or-Pay条項付き長期購入契約に関しては、従来ガス市場の自由化・統合化にとって阻害要因であるとして第1エネルギーパッケージでは排除を呼びかけてきたが、第2エネルギーパッケージではこの姿勢を変更して、長期的な安定供給を確保することを優先し、Take-or-Pay条項や長期購入契約については、これを認めることとした。このように、EUの打ち出す政策は、時として産業界の反発によって取り下げられることがあることは留意すべき点である。 スポット市場の拡大は、供給ルートの多様化をもたらす一方で、エネルギー安全保障にとって最も重要な長期的な需給バランスについては不確実性を生みだすことになるとの批判がある*52。競争状態の促進は市場を有する下流側には有利であるが、域外から長距離パイプラインによって(すなわち巨大投資によって)ガスを供給する上流側にとっては、長期契約による安定供給が保障されることが条件となる。この点がEUとロシアとのエネル

ギー投資政策の乖か い り

離点となっていた。

(3)第3エネルギーパッケージ

 2009年7月13日には、「第3域内エネルギー市場法令パッケージ」が採択された。これは、現行の第2エネルギーパッケージが徹底しないことを踏まえ、規則を改正するもので、加盟国には2012年3月3日までに国内法として整備することが求められた。ただし、第2パッケージにおけるアンバンドリングは生産と輸送に関して「法人分離」を求めていたのに対して、第3パッケージでは、「機能分離」とも言うべき形態に変化し、①所有権の分離(第9条)、②ISO (Independent System Operator、第14条)、③ITO(Independent Transmission Operator、第17 ~ 23条)の3モデルのうち、どれかを選択することが求められた。 所有権の分離を謳った第3次EUガス指令(Directive 2009/73)*53の第9条「輸送系および輸送系事業者の分離(アンバンドリング)」では第1項(b)において、「直接または間接に生産と供給を行う主体が、直接または間接に輸送系をコントロールまたは権限を有してはならない、その逆も同様」と規定している。 ただし、独仏からの強硬な要請があり、選択肢として

「輸送事業のみの独立管理」が付加され、妥協案が図られた。このうちISOは、垂直統合型ガス事業者からシステム運用機能を完全に分離するというものである。これに対してITOは、分離までは求められないが、組織のガバナンス、開発投資計画などに強い独立性が求められ、組織内に監査機関を置く必要がある。これらは、資本の完全な分離までの要求はせず、輸送事業部門の独立をもってアンバンドリングが達成されたと見なすものである。 TAPはこの規定に対して、あくまで例外措置とされた。

(4)Gazpromのパイプライン独占に対するEUの査察

 2012年9月4日、EUの欧州委員会(EC)は、GazpromがEU競争法(独占禁止法に相当)に違反した疑いがあり、ガス輸送・販売において独占的地位を利用し、公正な競争を阻害したとして、正式に調査を開始した。調査内容は、①加盟国への自由なガス供給を阻害して市場を分割支配していないか、②ガス輸送網を他企業に利用させず供給源の多様化を阻害していないか、③原油価格に連動させた不当に高いガス価格を加盟国に押しつけていないか、の3点で、対象は旧社会主義圏のリトアニア、チェコ、スロバキア、ポーランド等8カ国におけるGazpromの行動である。EUはGazpromに対し、その前年9月には予備調査を開始していた*54。

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33 石油・天然ガスレビュー

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TANAP-TAPパイプラインがカスピ海のガスを欧州に運ぶ -アンバンドリング政策に翻弄された「Nabucco」パイプライン計画-

 これに対してGazpromは、①ロシアから中東欧諸国向けパイプライン網はソ連時代に建設されたもので、当時は西欧とは別個のエネルギー圏にあった、②そもそもロシアのガスの生産地から来るパイプラインはガス生産者以外に利用者はいない、③元来、ガス価格は原油価格連動で契約したものでフォーミュラによる計算の結果に過ぎない、安くなることもあれば高くなることもある、と反論を展開している。 また、ロシア側は対抗措置として、9月11日、プーチンが大統領令「ロシアの法人による対外活動でのロシア連邦の利益保護に関する措置」に署名した。これは、戦略的企業やその子会社が政府の同意なしに外国の企業との売買価格に関する契約を変更したり、外国の政府組織や国際機関に非公開情報を提供することはできない、と定めたものである*55。 一方、欧州議会は9月13日、全てのEU加盟国に対して第三国と交わした2国間エネルギー合意書をECへ提出することを義務付ける法案を可決した。これはSouth StreamがEU法に抵触しないか審査するためのもので、South Stream計画自体にとって打撃となるものである*56。 2013年に入り、ECは中東欧へのガス供給をめぐり、GazpromがEU競争法(独占禁止法)に違反しているとの見方を強めるようになった。同年10月3日、ECの競争政策担当のAlmunia副委員長は「Gazpromの違反事実を指摘する異議告知書を準備する段階に入った」と述べた。これは、バルト3国やポーランドに対する支配的な地位を利用して不公正な価格を設定したり、ガスの自由な流通を妨げたりした疑いがあるとするものである。違反が正式に認定されると、ECは年間売上高の最大10%を制裁金として科すことができ、Gazpromの場合、これは最大約150億ドルに上る*57。過去10年以内では、Microsoftに対し、反競争的行為を理由に22億ユーロ(30億ドル)超、2009年にはIntelが競争法違反で10億6,000万ユーロの罰金を科されたことがある。 Oettinger ECエネルギー・コミッショナーは、「反競争的な市場活動に対する疑いでGazpromに対して行っている調査は、2014年春に完了する予定であるが、この調査は客観的なものであり、政治的な動機に基づいたものではない。EUが望むのは、食品、繊維、自動車、製薬、ワインの市場のように、ロシア国内で競争が活発化し、欧州の統合された市場で複数の供給者と競争がある状態だ」と述べた*58。

(5)オパール(OPAL)パイプラインの問題

 Gazprom側がEUとの関係で神経を尖とが

らせている理由

は、似たような問題が既にNord Streamをめぐって発生しており、それがSouth Streamにも波及することが懸念されるからである。 既にロシアから欧州に輸出されたガスをめぐって、OPALパイプライン*59 で問題が発生している(図7)。2011年の9月にNord Stream-1(能力:275億㎥)が完成 し、 上 陸 地 点 の ド イ ツ の Greifswaldか ら チ ェ コOlbernhauまでの 470 ㎞を結ぶ口径 55”(1,400mm)、能力360億㎥のOPALパイプラインもそれに続いて完成した。しかし 2012 年に、ECは、Gazpromに対し、OPALパイプラインについてはEU域内にあることから第三者アクセスを可能にすべく、容量の2分の1しか使用 で き な い と 決 定 し た。2012 年 10 月 に は Nord Stream-2が完成し、輸送能力は550億㎥まで拡大されたが、2013年のNord Streamの実績は237億7,000万㎥で、稼働率は 43 %にとどまっている* 60。これはNord Streamから先のOPALパイプラインでの使用制限があるためである。 しかし、バルト海ではかつて石油探鉱が行われていたが、現状ではガスをドイツに輸出したいとするガス田はない。すなわち、そもそも「第三者」が存在しない。原則に従って容量の半分を使わずに残せという措置は、あまりに硬直的である。 GazpromはECに対してOPALへの例外的措置の適用を申請しており、両者の間で妥協の道が探られている。何よりも被害を被っているのは十分な量のガスを受け取れないチェコの国民と産業界であり、次いでパイプライン投資を十分に回収できないでいるGazpromである。プーチン大統領は、Nord StreamもOPALも第3エネルギーパッケージが成立する以前から計画が進められているので、EU側によるこの措置は「非文明的」で受け入れられないとしている。EUの掲げるエネルギーの「自由化」が、実行面では「規制強化」となっている場合がある。 具体的には、ロシアとEUはOPALパイプラインの空き能力を入札で活用しようとすることで協議に入っている。これは、第3エネルギーパッケージに基づくもので、Network Code on Capacity Allocation Mechanism

(NC CAM)という入札の計画である。当初は、2013年9月末に法制化し、2015年11月1日から施行することを目指していた。内容は、パイプライン能力の80%は15年前から予約可能、そして10%が5年前から、あとの10 %は1年前からとなる。接続ポイントにおける10%相当のテクニカルガス(パイプライン稼働用のガス)の量に対しては別途の取り扱いとし、1年前に予約可能にするというものである。

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アナリシス

(1)�2009年のロシア=ウクライナ天然ガス紛争直

後からのナブッコ推奨キャンペーン

 2009年にロシアとウクライナ間で起きた第2次ガス紛争は、依然として謎の多い不可解な事象である。最後にこの件を取り上げる理由は、ナブッコ・パイプラインをめぐる一連の動きとの関連が見て取れるからである。 このガス紛争は徹頭徹尾、合理性の感じられない紛争であった。紛争直前の2008年12月末、両国の主張するガス価格は、ロシアが250ドル/1,000 ㎥、ウクライナが235ドル/1,000㎥にまで縮まってきていた。しかし、この15ドルの価格差、6%の開きが埋まらず、2008年12月31日の夕刻、交渉は決裂した。日経新聞などもコラム欄で、決裂しなければならない程の理由がないと不思議がっていた。 実際、これで交渉がほぼ纏

まと

まったと感じたのは、ウクライナのティモシェンコ首相(当時)も同様であった。12月31日の夕刻、これで今年のガス交渉は決着と判断した首相は、モスクワでの調印に臨むべくキエフの空港へ向かった。これを伝え聞いたユーシェンコ大統領(当時)が、モスクワで交渉にあたっていたウクライナ代表団に直ちに電話をかけ、交渉を打ち切って引き揚げさせた。こうしてウクライナとロシアとのガス協議が決裂したという*63。国内の政争が国際問題にまで飛び火した格好であるが、それにとどまらず、この不自然な経緯から、ウクライナにおいてユーシェンコ大統領の周辺だけが真相を知っており、ティモシェンコ首相には知らされていないなんらかの了解事項があった可能性が浮上する。 翌日の2009年1月1日から、2度目の天然ガス紛争が持ち上がり、3週間にわたってガスが停止した。この時は1月7日から欧州向けガス輸送も停止した。1973年10月から西ドイツ(当時)向けに輸出が始まったソ連・

ロシアのガスは、欧州に対する最も安定的なエネルギーソースと言われてきたが、36年目にして初めて停止することになった。 この後、ロシアのエネルギー供給者としての信頼性に対する疑問が西側の報道で大きく取り上げられ、ロシア回避のパイプラインの切り札として、EU各国が示し合わせたかのようにナブッコ計画の推進に向けて活発に動き出した。 ロンドンのエネルギー・コンサルタントCGES(Centre for Global Energy Studies)のロシア・パイプライン専門家であるJulian Leeは、EUによるナブッコ・パイプライン計画が遅々として進まないことに対して、2009年当時、米政権がいら立ちをもって見ていることを指摘している*64。これは、ガス紛争後のナブッコ計画の迅速な動きと符合する。 以下、この間の背景を探るために、2009年前半の動きについて時系列で列挙する。

(2)�2009年ガス紛争とナブッコ・パイプラインの

政府間合意までの動き

 2009年1月1日~ 19日:第2次ロシア=ウクライナガス紛争。 1月23日:ナブッコ・コンソーシアムのメンバーであるオーストリア、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、トルコの各国代表はブリュッセルのEC本部で「ウクライナ後」の話し合い。 1月27日:ハンガリーのブダペストで、“ナブッコ・サミット”が開催され、ハンガリーのGyurcsany首相、EU議長のTopolanekチェコ首相、アゼルバイジャンのAliyev大統領らが参加し、計画実現を目指す宣言を採択。Gyurcsany首相は、「ナブッコは純粋にビジネス案件ではなく、欧州にとってエネルギー安全保障の問題である」

5.�ウクライナ問題とナブッコ・パイプライン計画

 EU側はOPALの50 %について第三者がアクセスできるよう提案する一方で、ロシアのNovakエネルギー相は、OPALの未使用の50%の容量について第三者は全く関心がないことが予見されるとして、入札によって取得できるのであれば容認できるとした*61。 EUが強硬な理由は、当初はEUが推す「南回廊」の対抗馬となるSouth Streamにとって事態が容易になるような前例をつくりたくないという理由からであったと言

われている。 2014年1月28日にブリュッセルで開催されたロシア-EUサミットでは、ウクライナ問題に主要な議論が割かれたが、プーチン大統領の説明によると、EU側は第3エネルギーパッケージの2本の柱である第三者アクセスとアンバンドリングは堅持するものの、OPALパイプラインについてはGazpromの100%アクセスに同意したという*62。

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TANAP-TAPパイプラインがカスピ海のガスを欧州に運ぶ -アンバンドリング政策に翻弄された「Nabucco」パイプライン計画-

と、同パイプラインが政治的な意味合いがあるとした。この会議で、欧州投資銀行(EIB)に対して25%の融資要請がなされたが、EIBは「更に情報が必要だ」と慎重な姿勢を堅持した*65。 3月17日:EU閣僚レベル会議において、独仏伊の反対により37億5,000万ユーロ(49億ドル)のEU Grantからナブッコ計画が対象から除外。 3月19、20日:ブリュッセルのEU首脳会議で、EU東方地域の政治的安定とエネルギー安定供給に関する

「宣言」採択。15億ユーロを欧州のInterconnector Projectに拠出。うちナブッコに2億ユーロ拠出。2日前の閣僚レベル会議におけるドイツ等の反対論が覆される。 3月23日:ブリュッセルでの“International Gas Donor Summit”において、EUはウクライナへのパイプライン改修資金26億ドルの融資を決定。欧州復興開発銀行(EBRD)、EIB、世界銀行(WB)等から調達。ロシア側は激怒して退席。プーチン首相はこのEUの対応を、

「 熟 慮 さ れ て お ら ず、 素 人 考 え(ill-considered and unprofessional)」と酷評*66。 3月27日:GazpromとアゼルバイジャンのSocarは、2010年1月からのガス供給につき合意を交わす誓約書を締結。Baku-Dagestan間200㎞(口径1,220mm)のパイプラインの検査実施。これはナブッコ以外への供給の可能性を示すもの。 4月17日:アゼルバイジャンのAliyev大統領は、ロシアへのガス輸出の可能性示唆。 4月24日:ブルガリアのソフィアでナブッコ討議。ナブッコ・コンソーシアムのMitschek代表は6月の政府間合意締結を示唆*67。同会議において、ロシアを含めた解決が売り主側にとって有利であることが徐々に明らかになった旨を発言*68。 5月8日:プラハにおいてEUとウクライナ、ベラルーシ、モルドバ、グルジア、アゼルバイジャン、アルメニアの旧ソ連衛星6カ国で「東方パートナーシップ」発足。エネルギー分野での協力強化等の宣言。EUから17カ国出席。英、仏、西、伊首脳は欠席。アゼルバイジャン、トルコ、グルジア、エジプトは「ナブッコ支援宣言」に署名。一方、トルクメニスタン、カザフスタン、ウズベキスタンは参加するも宣言には署名せず*69。 7月13日:ナブッコ・パイプラインに関するオーストリア、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、トルコ5カ国の政府間合意が調印される。

(3)なぜウクライナに融資が?

 2009年1月のロシア=ウクライナガス紛争が勃発し

て僅か7カ月で、それまで停滞していた政府間合意に関する議論が一気に決着した。紛争が与えた心理的な影響はかなり大きいものであった。 このガス紛争の背景に関しては推測の域を出ない。しかし、当時のユーシェンコ大統領が、反ロシア的な立場からナブッコ・パイプラインの実現を望んだことと、ガス紛争が起きたこととの関連性は否定できない。2006年のガス紛争では、ロシアのエネルギー供給国としての信頼性に疑問を呈する声が、欧州で澎

ほうはい

湃として起こった。2009年においても反ロシアのデモンストレーションを再現できるかもしれない。このことはナブッコ計画の期待へと繋がる。また、ナブッコが成立すれば、ロシアの推すSouth Stream計画は頓挫し南欧市場へのアクセスを失って大きな失点となることは確実である。直接ウクライナの利益にはならないまでも、相対的にはロシアに対する影響力が増す。 この一連の流れのなかで、2009年3月23日に決定されたEUからウクライナへのパイプライン改修資金26億ドル融資の一件はナブッコ絡みではないが、幾何学の問題でいうところの「補助線」を引くための材料として筆者が書き加えたものである。ロシア側は激怒して退席した。プーチン首相はEUの唐突な対ウクライナ支援を、「熟慮さ れ て お ら ず、 素 人 考 え(ill-considered and unprofessional)」と酷評した。EUが自分の金を出すのに、ロシアが怒ったりとやかく言う筋合いはないだろう、という見解を述べた人がいたが、これは実際のパイプラインの機能まで考えが及んでいないことを示している。ナブッコはウクライナ迂回のパイプラインの一つであり、ウクライナを通過するガス量が減少こそすれ、増加することはない。このタイミングでウクライナのパイプラインをEUが26億ドルもかけて改修するという案は、EU側に正当な支出の理由がないことを示しており、プーチンの怒りには根拠がある。これが、「背景」を推測する根拠になるだろう。 この時、「ウクライナに対ロシア・ガス紛争を起こさせ、ロシアの天然ガス供給者としての不安定性を喧

けんでん

伝して、これを梃

て こ

子にEUが一気にナブッコ計画を推進する」というシナリオがもし存在するのであれば、不可解なガス紛争が起こった理由にも納得がいく。この場合、EUはある時点でウクライナに褒美を与えなくてはならないことになる。政治の世界に無償の行為というものはないからである。筆者は、パイプライン改修費26億ドルの融資がこれに当たると推測している。このシナリオはあくまで「作業仮説」であるが、不可解な2009年の事象をある程度分かりやすく解きほぐしてくれるものである。この場合、

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◦ 2013年6月26日、アゼルバイジャン領カスピ海のShah Denizガス田のオペレーターであるBPとSocarが、自らの生産ガスをギリシャから先の欧州に輸送するパイプライン計画としてTrans Adriatic Pipeline (TAP)を選択し、対抗馬であったNabucco Westを退けた

◦ TAPが勝った理由として経済性での優位が指摘されており、EUの政治力は影響を与えていない。

◦ EUの第3エネルギーパッケージでは、天然ガスの生産者と輸送者は別個の事業体でなければならないという

「アンバンドリング」を大きな政策的な支柱としてきた。Shah-Denizガス田に25.5%の権益を保有するStatoilは、TAPパイプラインにおいてもこの時点で42.5%を保有しており、これは系列会社にパイプラインをつくらせるという動きである。EUが主張するアンバンドリングに対し、欧州の大企業側はチェーンビジネスにより得

られる大きな利益と確実な事業遂行能力を選択した。◦ 今回の最大のポイントは、EUが長らく推奨してきたナブッ

コ・パイプライン構想が、欧州の企業によって却下された点で、EUにとっては予想外の展開になったと思われる。

◦ ロシア・イタリアが進めてきたSouth Stream計画は、バルカン半島でナブッコと競争するよりも前に、ナブッコ計画自体が消滅して不戦勝となり、当面はバルカン半島域へのガス供給を想定した唯一の計画となった。一方、同計画は既にイタリアルートは放棄しており、今回決定したTAPと競合することはない。South StreamとTAPで南欧部を分け合うという形が整えられたことになる。

◦ EUはGazpromに対しては、パイプラインの独占を依然 と し て 問 題 視 し て お り、 こ れ を 根 拠 に South Streamに対する牽制を強めていくものと思われる。

まとめ

<注・解説>*1: Shah Denizコンソーシアムの当初の権益比率は以下のとおり。BP(25.5%)、Statoil(25.5%)、Socar(10%)、

Total S.A. (10%)、Lukoil (10%)、NIOC (10%)、TPAO (9%)。2013年12月にStatoilが権益を15.5%にまで10%減らし、BPが3.3%、Socarが6.7%を引き受けた。

*2: IOD、PON、2013/6/27*3: 日経、2013/6/28*4: 日経産業、2013/6/28*5: Argus FSUEnergy、2013/6/27*6: TANAPではSocar 80%、TPAO/Botas 20%であるが、主要なShah Denizコンソーシアムメンバーを受け入れ、

Socar 51%、BP 12%、Statoil 12%、Total 5%とする予定である。*7: PON、2013/1/11、NC、1/17*8: Nord Streamウェブサイトから(2009年6月所見)http://www.nord-stream.com/fileadmin/Dokumente/Images/

Gas_for_Europe/growing_need_for_gas_in_europe_eng.jpg *9: ナブッコの名称が決まる経緯は、筆者がナブッコの担当者から直接聞いたもの。

ユーシェンコ大統領周辺の了解事項は、EUの首脳、更には米国の意向とも通底するものであったことになる。そしてティモシェンコ首相は蚊帳の外にいた。 ナブッコ・パイプラインを選択するというのは、あくまで政治の側の動きであり、産業界にとっては意味のない闘争に過ぎなかった。エネルギービジネスは安定的な操業とそこから得られる長期的な利益のために

動くものであって、計画の実現性と経済性が全てである。カスピ海からのTANAP-TAPのパイプラインは、事業者の適格性と経済合理性を備えた実現可能な事業と見なされた。広く世界の注目を集めたナブッコ計画がいとも簡単に消滅したことは、EUのエネルギー政策が必ずしも欧州のエネルギー産業界と方向性が合致していないことを示していると言えよう。

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TANAP-TAPパイプラインがカスピ海のガスを欧州に運ぶ -アンバンドリング政策に翻弄された「Nabucco」パイプライン計画-

*10: ナブッコ・コンソーシアムのwebsiteから(2009年7月所見)http://www.nabucco-pipeline.com/company/markets-sources-for-nabucco/markets-sources-for-nabucco.html

*11: Reuters、2009/7/13、この時点でドイツからはRWEが参加していたが、ドイツ政府は関与していないことから政府間合意書に調印はしていない。ただし、全面的なサポートは表明した。

*12: Reuters、2009/7/12、Itar-Tass、7/13*13: Herald Tribune、2008/2/07*14: 日経新聞、2009/8/09*15: IOD、2011/5/09*16: Argus FSUEnergy、2013/7/04*17: Edison社website (2011年8月12日所見)http://www.edison.it/en/company/gas-infrastructures/itgi.shtml*18: Novinite、“EU goes for merging Nabucco, ITGI gas pipelines-Report”、2011/2/18*19: TAP社 websiteより(2011年8月12日所見)http://www.trans-adriatic-pipeline.com/why-tap/the-missing-link/*20: Argus FSUEnergy、2011/9/30、Shah Deniz may pipe gas to Europe itself.*21: IOD、2011/10/04*22: BP website、Press Release、Dec.17, 2013、(2014/1/07、閲覧)http://www.bp.com/en/global/corporate/press/

press-releases/shah-deniz-final-investment-decision-paves-way.html*23: Argus FSUEnergy、2013/1/17*24: Nefte Compass、2013/1/17*25: PON、2013/7/31*26: 参加企業はGazprom(50%)、Eni(20%)、EdF(15%)、Wintershall(15%)*27: Interfax、2007/6/25、FT、6/26、IOD、6/28*28: IOD、2008/1/22*29: 共同、2008/1/25*30: IOD、2008/2/01*31: IOD、2008/9/10*32: Kommersant、2010/3/16*33: IOD、2011/5/27*34: IOD、2011/2/25*35: PON、2011/5/27*36: IOD、2011/5/27*37: WGI、2011/6/01*38: IOD、2010/2/19*39: IOD、2010/11/16*40: IOD、2010/3/03*41: WGI、2010/12/22*42: IOD、2010/3/10*43: IOD、2010/6/08*44: PON、2011/3/23*45: Argus FSUE、2011/12/16*46: 日経、2012/11/16夕*47: Argus FSU Energy、2012/11/29*48: Argus FSU Energy、2013/10/10*49: Novosti、2013/11/26*50: AP. 2013/11/24*51: PON、2013/12/05

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アナリシス

執筆者紹介

本村 眞澄(もとむら ますみ)[学歴] 1977年3月、東京大学大学院理学系研究科地質学専門課程修士修了。博士(工学)。[職歴] 同年4月、石油開発公団(当時)入団。1998年6月、同公団計画第一部ロシア中央アジア室長。2001年

10月、オックスフォード・エネルギー研究所客員研究員。2004年2月、独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEG)調査部 担当審議役(ロシア担当)。

[主な研究テーマ]ロシア・カスピ海諸国の石油・天然ガス開発と輸送問題、地球資源論。[主な著書] 『ガイドブック 世界の大油田』(共著)技報堂出版、1984年 /『石油大国ロシアの復活』アジア経済

研究所、2005年/『石油・ガスとロシア経済』(共著)北海道大学出版会、2008年。[趣味] ブルーグラス、カントリー・アンド・ウェスタン

*52: 「EU・ロシアのエネルギー協力とノーザン・ダイメンション」/蓮見雄編『拡大するEUとバルト経済圏の胎動』昭和堂、2009年、P.236参照

*53: http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=OJ:L:2009:211:0094:0136:EN:PDF*54: 共同、2012/9/05*55: 日経、2012/9/12夕*56: Argus FSU Energy、2012/9/20*57: 読売、2013/10/06*58: Interfax、2013/11/05*59: OPALとはOstsee-Pipeline-Anbindungs-Leitung (Baltic Sea Pipeline Link)の略*60: Itar-Tass、2014/1/28*61: WGI、2013/8/14*62: IOD、2014/1/30*63: ドミートリー・トレーニン『ロシア新戦略―ユーラシアの大変動を読み解く―』河東哲夫、湯浅剛、小泉悠訳、作

品社、2012年、p.271参照*64: Julian Lee(2009)、What is blocking a solution to the Russia-Ukraine gas dispute?、FSU Oil & Gas Advisory、

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