11.関数のテイラー展開 - phys.shimane-u.ac.jp · 70 11.関数のテイラー展開...

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70 11.関数のテイラー展開 二つの全く異なる関数が、変数のある範囲で良く似ている、ということはしばしば起 こり得る。もし複雑な関数を、取り扱いの簡単な良く似た関数で置き換えることができれ ば、数学的な困難さがかなり軽減できるであろう。うまく行けば、厳密には解けない問題 でも、実質的に解けてしまう、という可能性も有り得る。このような「代用品の利用」は、 物理学では頻繁に行われる。 微分、積分などの数学的な操作の上で、最も取り扱いの簡単な初等的な関数は、おそ らく多項式であろう。多項式の係数を調節することによって、与えられた任意の関数に近 いものを作り出す方法の一つとして、Taylor 展開と呼ばれる方法がある。Taylor 展開の数 学的で厳密な解説については、解析学の専門書に譲り、ここでは直感的で「速分かり」な 説明を試みる。 11.1 テイラー展開の公式 与えられた任意の関数 ) ( x f を、点 a x = の近傍において、多項式で近似的に表すことを考 える。多項式は、次数を上げれば上げるほど「曲がりくねって」くるので、次数のより高 い多項式を用いれば、より精度良く、複雑な変化をする関数を表すことができると期待さ れるが、これを次のような手順により、段階的に達成する: step1 x の値が a にかなり近いとき、関数 ) ( x f が「素直な」関数であれば、 ) ( x f ) ( a f に近い であろう。そこで、 ) ( x f ) ( a f と、それからの「ずれ」を表す余剰項に分けて、次のよ うに書き表す: ) ( ) ( ) ( ) ( 1 a x x R a f x f ! " + = (11.1) これは単に、 a x a f x f x R ! ! " ) ( ) ( ) ( 1 と言う関数を定義しただけで、何も新たなことが生まれたわけではない。 a x ! をあらかじ めくくり出して余剰項を定義したのは、 a x = の時に余剰項全体がゼロになるので、その方 が便利が良いと期待したからである。 余剰項

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Page 1: 11.関数のテイラー展開 - phys.shimane-u.ac.jp · 70 11.関数のテイラー展開 二つの全く異なる関数が、変数のある範囲で良く似ている、ということはしばしば起

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11.関数のテイラー展開

二つの全く異なる関数が、変数のある範囲で良く似ている、ということはしばしば起

こり得る。もし複雑な関数を、取り扱いの簡単な良く似た関数で置き換えることができれ

ば、数学的な困難さがかなり軽減できるであろう。うまく行けば、厳密には解けない問題

でも、実質的に解けてしまう、という可能性も有り得る。このような「代用品の利用」は、

物理学では頻繁に行われる。 微分、積分などの数学的な操作の上で、最も取り扱いの簡単な初等的な関数は、おそ

らく多項式であろう。多項式の係数を調節することによって、与えられた任意の関数に近

いものを作り出す方法の一つとして、Taylor展開と呼ばれる方法がある。Taylor展開の数学的で厳密な解説については、解析学の専門書に譲り、ここでは直感的で「速分かり」な

説明を試みる。 11.1 テイラー展開の公式 与えられた任意の関数 )(xf を、点 ax = の近傍において、多項式で近似的に表すことを考

える。多項式は、次数を上げれば上げるほど「曲がりくねって」くるので、次数のより高

い多項式を用いれば、より精度良く、複雑な変化をする関数を表すことができると期待さ

れるが、これを次のような手順により、段階的に達成する: <step1> xの値が aにかなり近いとき、関数 )(xf が「素直な」関数であれば、 )(xf も )(af に近い

であろう。そこで、 )(xf を )(af と、それからの「ずれ」を表す余剰項に分けて、次のよ

うに書き表す:

)()()()( 1 axxRafxf !"+= (11.1)

これは単に、

ax

afxfxR

!

!"

)()()(1

と言う関数を定義しただけで、何も新たなことが生まれたわけではない。 ax ! をあらかじ

めくくり出して余剰項を定義したのは、 ax = の時に余剰項全体がゼロになるので、その方

が便利が良いと期待したからである。

余剰項

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<step2> 上に定義した関数 )(1 xR に、step1 と同じ議論を当てはめる。すなわち )(1 xR を、 ax = に

おける値 )(1 aR と余剰項に分割する:

)()()()( 211 axxRaRxR !"+=

ただし、 ax = における )(1 xR の値は、極限値

)()()(

lim)(1 afax

afxfaR

ax!=

"

"#

$

で定義されているものと考える。 これより(11.1)は

2

2 )()()()()()( axxRaxafafxf !"+!"#+$ (11.2)

と書かれる。最後の項を無視すれば、この形はすでに高等学校の数学でお馴染みであろう。

この式も、単に )(2 xR という関数を定義しただけであるので、何も近似は行っていない。 <step3> (11.2)式に対して step 2 の議論を繰り返す。すなわち、

)()()()( 322 axxRaRxR !"+=

と置いて(11.2)に代入する。ここで )(2 aR はロピタルの定理より、

)(2

1

)(2

)()(lim

)}()()()({)(

1lim)(

22

afax

afxf

axafafxfax

aR

ax

ax

!!"#

!#!=

#$!###

"

%

%

(11.3)

であると解釈して、

3

3

2 )()()()(2

1)()()()( axxRaxafaxafafxf !"+!"##+!"#+$

M 同じことをさらにもう一回やれば、

3

4

32 )()()()(!3

1)()(

!2

1)()()()( axxRaxafaxafaxafafxf !"+!"###+!"##+!"#+$

となることは、容易に確かめられるであろう(各自確認せよ!)。

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このような手順を次々に 1+n 回行うと、関数 )(xf は n次の多項式と余剰項の和の形に書

けることがわかる:

1

1

)(

0

)()()()(!

1)( +

+

=

!"+!"=# n

n

kkn

k

axxRaxafk

xf (11.4)

一般的に確かめたい諸君は、数学的帰納法を用いて確認すると良い。 ax = における余剰項

の値は

)()!1(

1)( )1(

1 afn

aR n

n

+

++

=

である。 このような手続きが際限なく実行できるためには、与えられた関数 )(xf が ax = の近傍

で、何回でも微分できなければならない。ここでは、これを暗黙のうちに仮定してきた。

この仮定の下で、 )(1 xRn+ は連続な関数であるので、 ax = の近傍では、 )(1 aR

n+ の値と同

程度の大きさである。従って、高次の微係数 )()1( af n+が特に nと共に大きくならなければ、

n を大きくすることにより、剰余項はいくらでも小さくなると期待できる。 !"n の極限

で剰余項が消えることを期待して、上の操作を無限回繰り返せば、 )(xf は多項式でなく、

)( ax ! の冪級数であらわされることになる。これを、「点 ax = の周りのテイラー展開」と

呼ぶ:

nn

n

axafn

xf )()(!

1)( )(

0

!"= #$

=

(11.5)

特に 0=a の場合、すなわち原点の周りでのテイラー展開を、マクローリン(Mclaugllin)展開と呼ぶ。

n

n

n

xn

fxf != "

#

=0

)(

!

)0()( (11.6)

注意1 実際には xが aからあまり離れると、 )( ax ! の高次の冪が大きな値になるため、テイラー

展開は発散級数となることが多い。収束する級数が得られる最大の || ax ! の値を、収束半

径という。 注意2 テイラー展開の収束が良い場合には、展開を有限で打ち切っても、良い近似でもとの関数

と一致する。実際にテイラー展開が使われるのは、ほとんどこのような場合である。

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11.2 テイラー展開の応用 例題1 関数 xxf sin)( = を、 2/!=x の周りで3次までテイラー展開せよ。また、展開

のそれぞれの次数で、結果のグラフを描き、比較せよ。 例題2 関数 xexf x cos)( = を、4次までマクローリン展開せよ。また、展開のそれぞれ

の次数で、結果のグラフを描き、比較せよ。

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例題3 関数 xxf += 1)( をマクローリン展開せよ。

<解答>

2/1)1()( xxf +=

2/1)1(2

1)( !

+=" xxf

2/3)1(2

1

2

1)( !

+"#

$%&

'!=(( xxf

2/5)3( )1(2

3

2

1

2

1)( !

+"#

$%&

'!"

#

$%&

'!= xxf

M

n

n

nnn xn

xnxf !!!+

!""!=+#

$

%&'

(+!#

$

%&'

(!#

$

%&'

(!=

2/112/1)( )1(2

)32(531)1()1(1

2

12

2

11

2

1

2

1)(

LL

したがって、

)1(2

!)!32()1()0()( !

""= n

nf

n

nn 、 1)0( =f

であるから、 n

n

n

n

xn

nxf

!2

!)!32()1(1)(

1

!!+= "

#

=

****************************************************************************** 一般に、任意の非整数のmに対して、

L+!!

+!

++=+32

!3

)2)(1(

!2

)1(1)1( x

mmmx

mmmxx

m (11.7)

は覚えておくと良い(2項定理と良く似ていて覚えやすい)。この他に、今までに覚えたマ

クローリン展開として 1)1( !

! x 、xe 、 xsin 、 xcos があるが、これに(11.7)を加えると、

ほとんどの関数のテイラー展開は、これらの組み合わせで得ることができる。 例:例題2の別解

43

0

)1(

!4

4

!3

21

!

)1(ReRe}Re{cos

xxx

xn

ieeexe

n

n

n

xiixxx

!+

!++"

#$%

&'( +

=== )*

=

+

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例題4 415を小数点以下第4位まで求めよ。

<解答>

4/144 )16/11(211615 !=!=

公式(11.7)を用いると

L+!!

!!

+!=!324/1

!3

)24/1)(14/1(4/1

!2

)14/1(4/1

4

11)1( xxxx

であるから、

!"#

$%&

+'(((+'(()')'= L32

4

16

1

6

1

4

7

4

3

4

1

16

1

2

1

4

3

4

1

16

1

4

11215

問題 11.1 次の数値を小数点第4位まで求めよ。

(1) 315 (2) 5

250

問題 11.2 o44cos を少数第4位まで求めよ。

問題 11.3* 関数 xxf cos)( = を、公式(12.5)を用いて 2/!=x の周りで4次までテイラ

ー展開し、次数による段階別に結果のグラフを描け。 問題 11.4* xxf 1tan)( !

= をマクローリン展開することにより、次を証明せよ

LL ++

!+!+!=12

1)1(

5

1

3

11

4 n

n"