dynamical model of stirling engine systems using...

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兵庫教育大学 研究紀要 第532018 9 pp 91 96 ビー玉スターリ ングエ ンジンの動力学モデル Dynamical M odel of Stirling Engine Systems Using M arble-displacers * INOMOT0 Osamu スターリ ングエ ンジンは, 気体の膨張 ・ 収縮によって熱エネルギーを仕事に変換する外燃機関である。 気体の熱交換は デ イ ス プ レ ーサ ・ ピ ス ト ンによって制御されるが, これをガラス球に置き換えて教材化したものがビ一玉スターリ ングエ ンジンである。 本研究ではその動作を端的に表す動力学モデルを構築し , 力学特性 を詳 し く 調べた。 その結果, 系 の挙動 が気体の体積と ガラス球の変位を状態変数とする常微分方程式で記述でき るこ と , ガラス球の変位により負性微分抵抗が 生 じ る こ と で系 の体積振動が発現す る こ と , さ ら にその振動数が系 のサイ ズに依存す る こ と な どが示 さ れた。 キ ーワ ー ド : スターリ ングエンジン, 体積振動子, 負性微分抵抗, 数理モデリ ング Key words : Stirling engines, volumina1 osci11ators, negative differential resistivity, mathematical modeling 1. はじめに 高校物理の教育課程では熱機関と その循環過程が取り 扱われるが, こ れに関す る実験教材 と し て ビ一玉 ス タ ー リ ングエンジンが挙げられることがある。 ここでスター リ ン グエ ン ジ ン (SE) とは, 外部から供給される熱エ ネルギーを気体の膨張 ・ 収縮を通し て力学的仕事に変換 する熱機関であり , 高い熱効率 と 静音性 を特徴 と す る外 燃機関のひとつである ' ) 5) SE の熱サイ ク ルは理想的 には定積加熱 ・ 等温膨張 ・ 定積冷却 ・ 等温収縮の 4 過程 から成り , その熱効率はカルノ ーサイ クルの熱効率に等 しい。 典型的な SE 2 つの熱交換器 ( 高温熱源と低温 熱源), デ イ ス プ レ ーサ ・ ピ ス ト ン (DP) , パワー ・ ピ ストン (PP) , 熱再生器, および作動気体から構成され る。 作動気体が封入 さ れたチ ャ ンバーは 2 つの熱源に接 し ている。 気体と熱源のあいだの熱移動は気体の膨張 ・ 収縮をもたらし , PP によ っ て力学的仕事に変換 さ れる。 DP はチャンバー内の位置に応じて気体と熱源のあいだ の熱移動 を制御 し , 吸熱と排熱の 2 状態を切り替える役 割を果たす。 このとき , DP PP に対 し て位相差 π /2 連動するようになっているため, 気体の体積変化がその 熱収支に DP を通してフイー ドバツクする。 その結果と し て気体の体積が自励的に振動 し , 持続的な運動が実現 する。 SE の構成 と 構造 を簡素化 し , さらに DP を複数個の ビ一玉” ( ガラス球) に置き換えて, 工業 ・ 技術教育 用途に教材化したものが土田らによって考案された 6) 9) この装置はビ一玉エンジンあるいはビ一玉スターリング エンジン (SE using marble-displacers, SEM ) などと称 され, 高校の物理教育にも取り入れられている ' ° ) ' 2) SEM ではエ ンジンのはたらきがピスト ンに加えてガラ * 兵庫教育大学大学院教科教育実践開発専攻理数系教育 コ ース 准教授 91 ス球の往復運動によ って可視化されるが, ガラス球の熱 容量や熱交換の問題な どによ っ て振動が長時間持続せず, また熱効率などの熱的特性は理想条件のそれより外れ 13) 0 SEM の装置の概要を図 1 に示す。 装置は シリ コ ンチ ュ ー ブで連結された試験管およびシリ ンジから構成され, 験管内には複数個のガラ ス球が封入 さ れている。 試験管 と シリ ンジ内部の空気が 2 つの熱源とのあいだで熱交換 をすることによって膨張および収縮し , これによって試 験管が傾斜 し て ガラ ス球が運動す る。 - I D P - ,f \ - 1 SEM の装置と構成 いま , ガラ ス球が高温熱源 ( アルコールランプ) から 離れた状態で試験管の一端を加熱すると ( 2 a, Q, n > 0 ) , 気体が膨張 し て シリ ン ジ内の体積が増大 し , 同時 に試験管が回転運動す る。 す る と ガラ ス球が試験管に沿 っ て移動してアルコールランプに近づく とともに, 熱供給 平成30 4 24 日受理

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兵庫教育大学 研究紀要 第53巻 2018年 9 月 pp 91 96

ビ ー玉 ス タ ー リ ン グエ ン ジ ンの動力 学 モ デル

Dynamical Model of Stirling Engine Systems Using Marble-displacers

猪 本 修*INOMOT0 Osamu

ス タ ーリ ングエ ンジンは, 気体の膨張 ・ 収縮によ っ て熱エネルギーを仕事に変換す る外燃機関であ る。 気体の熱交換は

デ イ ス プ レ ーサ ・ ピ ス ト ンに よ っ て制御 さ れるが , こ れを ガラ ス球に置 き換え て教材化 し た も のが ビ一玉 ス タ ーリ ン グエ

ンジンである。 本研究ではその動作 を端的に表す動力学モデルを構築 し , 力学特性を詳 し く 調べた。 その結果, 系の挙動

が気体の体積と ガラ ス球の変位を状態変数とす る常微分方程式で記述でき るこ と , ガラ ス球の変位によ り負性微分抵抗が

生 じ るこ と で系の体積振動が発現するこ と , さ らにその振動数が系のサイ ズに依存するこ と な どが示 さ れた。

キーワ ー ド : ス タ ーリ ングエ ンジ ン, 体積振動子, 負性微分抵抗, 数理モデリ ング

Key words : Stirling engines, volumina1 osci11ators, negative di fferential resistivity, mathematical modeling

1 . はじ めに

高校物理の教育課程では熱機関と その循環過程が取り

扱われるが, こ れに関する実験教材と し て ビ一玉ス タ ー

リ ングエ ンジ ンが挙げら れる こ と があ る。 こ こ で ス タ ー

リ ン グエ ン ジ ン (SE) と は , 外部から 供給 さ れる熱エ

ネルギーを気体の膨張 ・ 収縮を通し て力学的仕事に変換

する熱機関であり , 高い熱効率と 静音性を特徴と する外

燃機関のひと つで あ る ' ) 5)。 SE の熱サイ ク ルは理想的

には定積加熱 ・ 等温膨張 ・ 定積冷却 ・ 等温収縮の 4 過程

から成り , その熱効率はカ ルノ ー サイ ク ルの熱効率に等

しい。 典型的な SE は 2 つの熱交換器 (高温熱源と低温

熱源) , デイ ス プ レ ーサ ・ ピス ト ン (DP) , パワ ー ・ ピ

ス ト ン (PP) , 熱再生器, およ び作動気体から 構成 さ れ

る。 作動気体が封入 さ れたチ ャ ンバーは 2 つの熱源に接

し てい る。 気体と熱源のあいだの熱移動は気体の膨張 ・

収縮を も たら し , PP によ っ て力学的仕事に変換 さ れる。

DP はチ ャ ンバー内の位置に応 じ て気体 と熱源のあい だ

の熱移動 を制御 し , 吸熱と排熱の 2 状態を切り 替え る役

割 を果たす。 こ のと き , DP は PP に対 し て位相差π/2 で連動す るよ う にな っ てい る ため, 気体の体積変化がその

熱収支に DP を通 し て フ イ ー ドバ ツク す る。 その結果と

し て気体の体積が自励的に振動し , 持続的な運動が実現

する。

SE の構成と 構造 を簡素化 し , さ ら に DP を複数個の

ビ一玉” ( ガラ ス球) に置き換え て, 工業 ・ 技術教育

用途に教材化 し たも のが土田 ら によ っ て考案 さ れた 6) 9)。

こ の装置は ビ一玉 エ ン ジ ンあ る い は ビ一玉 ス タ ー リ ン グ

エ ン ジ ン (SE using marble-displacers, SEM) な どと称

さ れ, 高校の物理教育 に も 取 り 入 れら れてい る '°) '2)。

SEM ではエ ン ジ ンのはた ら き が ピス ト ンに加え て ガラ

* 兵庫教育大学大学院教科教育実践開発専攻理数系教育コ ース 准教授

91

ス球の往復運動によ っ て可視化 さ れるが, ガラ ス球の熱

容量や熱交換の問題な どによ っ て振動が長時間持続せず, ま た熱効率 な どの熱的特性は理想条件のそ れよ り 外 れる 13) 0

SEM の装置の概要を図 1 に示す。 装置はシリ コ ンチュー

ブで連結 さ れた試験管およ びシリ ン ジから構成 さ れ, 試

験管内には複数個のガラ ス球が封入 さ れてい る。 試験管

と シリ ンジ内部の空気が 2 つの熱源と のあいだで熱交換

をす る こ と によ っ て膨張およ び収縮 し , こ れによ っ て試

験管が傾斜 し て ガラ ス球が運動す る。

一一- ID P

-一一一・

,f\

-

図 1 SEM の装置と構成

いま , ガラ ス球が高温熱源 ( アルコ ールラ ン プ) から

離れた状態で試験管の一端を加熱すると (図 2 a, Q,n> 0 ) , 気体が膨張 し て シリ ンジ内の体積が増大 し , 同時

に試験管が回転運動する。 すると ガラス球が試験管に沿っ

て移動 し て アルコ ールラ ン プに近づ く と と も に, 熱供給

平成30年 4 月24 日受理

猪 本 修

が遮断 さ れ, 排熱 さ れる (図 2 b, Q。u,< 0 ) 。 その結果, 気体が収縮し て シリ ンジ内の体積が減少 し , 試験管が回

転 し て ガラ ス球がアルコ ールラ ン プから 遠 ざかり , 熱供

給が回復する。 こ う して図 2 の2 状態 (a) , (b) が繰り

返 さ れるこ と にな る。

(b)

図 2 SEM 動作の 2 状態。 (a) 収縮, (b) 膨張状態

SEM の一連の動作が SE の理想的な熱的過程に従う と

す る と , 系は図 3 のよ う な熱サイ ク ル, すなわち 2 つの

等温過程と 2 つの定積過程によ っ て表 さ れる。 こ こ で気

体の体積変化は等温過程において生 じ る一方で , ガラ ス

球の運動は主と し て定積過程で生 じ る。 こ のこ と から気

体の体積 と ガラ ス球の変位のあい だにはπ/2 rad の位相

差ができ る。

VI V2 V 図 3 SEM の熱サイ クル

さ て , 教材化 さ れたこ の熱機関はエ ン ジ ンと し ての機

能 と と も に自励振動子 と し ての側面 を も つ。 す な わち

SEM におい ては, 2 つの熱源によ っ て定常的な熱の流

れが系 に与え ら れる と と も に, DP のはた ら き によ っ て , 気体の体積変化 と 気体の熱収支のあい だに負のフ イ ー ド

バ ツク回路が形成 さ れ, その結果と し て持続的な体積振

動が発現す る。 こ の持続的な運動は非平衡散逸系のリ ズ

ム現象と見做すこ と ができ る。 非平衡散逸系では定常的

な (非振動性の) エネルギーの流れが存在するが, こ れ

を駆動力と し てしばしば自励振動が生じ る。 自励振動は

鹿威し (弛張発振) や弦楽器の擦弦 (摩擦振動) など, 自発的 ・ 自律的な振動のメ カ ニズムと し て身のまわり の

さま ざまな局面に発現する。 自励振動を記述する代表的

なモ デルと し ては van der Pol 方程式 がよ く 知 ら れてい

92

るが , こ のモ デルは例え ばエ サキ ダイ オー ドのよ う な負

性微分抵抗特性を示す非線形素子を含む回路方程式から

導かれた も ので あ る '4) , '5)。 SEM が示す気体の体積振動

におい ては, フ イ ー ドバ ツク作用 を も つ DP が重要な役

割 を果たすと 考え ら れるが, それが如何な る非線形特性

を有す るのかはま だ明 ら かに さ れてい ない。 そこ で本研

究では, こ の系の力学的挙動の時間的特性を理解するた

め , 系の ダイ ナ ミ ク ス を端的に再現す る数理モ デルを構

築す ると と も に, 現象の動力学的側面 を詳 し く 調べる。

すなわち , SEM の力学的振動の性質や安定性を明らか

にするために, 本研究では現象 を支配する状態変数を適

切に選んで常微分方程式モデルをつく り , 解の性質や特

性を数理的にア プロ ーチする。

数理モ デルの構築にあた っ ては, 周期的運動の発現に

対 し て本質的な非線形特性を顕在化するこ と で, 簡潔で

見通 し のよ い モ デル を構築す る。 こ の現象 におい ては

DP の機能が本質的に重要であ るが, DP のはた ら き が

どのよ う に表現 さ れるか, と り わけ関心があ る。 現象の

記述にあた っ ては最小限の状態変数 と パラ メ ー タ を選び

だすこ と を試みる。 こ れによ っ て力学的運動の周期や振

幅な どが熱力学パラ メ ー タ に どのよ う に依存す るのかを

明 ら かにす るこ と と す る。

本研究では SEM に関す る実験結果を示すと と も に, 作動気体の体積およ びガラ ス球の重心の変位を状態変数

とす る 2 次元常微分方程式モデルを提案す る。 さ ら にこ

のモデルにおけ る粘性項の非線形特性を議論 し , 振動解

の存在と 初期値依存性な どを数値計算に基づいて検討す

る。

2 . 実験SEM の装置は図 1 に示す と おり , シリ ンジ (硬質耐

熱ガラ ス製, 容量 2 mL) , 試験管 ( ガラ ス製, 内径13mm, 長さ150mm) , ガラス球 5 個 (直径12mm) , およ びアルコー

ルラ ン プ ( メ タ ノ ールを燃料 と す る) から構成 さ れる。

シリ ン ジと 試験管は シリ コ ンチ ュ ーブと ゴム栓で連結 さ

れてお り , そ れら に封入 さ れた常温常圧の空気が系の作

動気体と な る。 気体の体積は実験開始時 (加熱前) にお

い て約14mL で あ っ た。 シリ ン ジの プ ラ ン ジ ヤ (可動 ピ

ス ト ン) 頭部は底面に固定 さ れ, シリ ン ジ外筒が自由に

動 く よ う に配置さ れた。 試験管はその中央部分が支点 と

し て支持 さ れ, そのまわり を自由に回転するよ う に し た。

低温熱源は環境 (室温26°C) によ る自然冷却と し た。 気

体の体積振動は シリ ン ジ内の気体の体積によ っ て計測 し

た。 すなわち実験開始時の気体の体積を基準と し て, 動

作時の体積変化 を シリ ンジの目盛り によ り 精度 0.01mL, フ レームレート 30 fps で撮像し , 時系列データ を得た。

気体の体積の測定結果を図 4 に示す。 気体の膨張 ・ 収

縮に伴 っ て , 試験管の角度は水平状態から lθ1.<_2.9° の

ビー 玉 ス タ ーリ ングエ ン ジ ンの動力学モ デル

範囲で傾斜する と と も に, ガラ ス球が試験管の両端間 を

往復運動 した。 体積の時間的変化はほぼ周期的であり , その周期は約1.6 s であ っ た。 ま た中央の ガラ ス球の変

位は, 体積に対 し て約0.43 s の時間遅れがあっ た。 振動

は永続せず, 数分間の振動ののちに振動が停止し た。 こ

の振動停止は高温熱源を絶つこ と で回復す る場合があ る

が, こ れは熱 を蓄積 し たガラ ス球や試験管が代替熱源に

な っ た も のと 考え ら れる。 なお ガラ ス球 を試験管 に入 れ

ずに加熱す る と , 気体は膨張 し たまま体積一定と なり 振

動 し なかっ た。

1.2

1.1

1

9

8

70

0

0

(IE

)a ,En

一o>

0.6 5 6

図4

7 8 9 10 l l time (s)

作動気体の体積変化

3 . 数理モデル

SEM におい ては, DP と し てのガラ ス球の運動によ っ

て熱の流れが制御 さ れ, 作動気体の体積が変化す ると と

もに, ガラ ス球の動き に フ イ ー ドバ ツクする。 こ れによ っ

て気体の体積と ガラ ス球の重心が一定の位相差 を保ちつ

つ振動する。 こ のこ と から , 気体の体積 v と ガラ ス球の

重心の変位 x およ び速度 x を系の状態変数と し てモデル

を立式するこ と ができ る。

まず気体の状態変化のう ち , 2 つの等温過程について

考え る。 作動気体 (空気) は理想気体と見做すこ と がで

き る も のと す る。 また単位時間あたり に系 に供給 さ れる

熱量は ガラ ス球の重心の変位に依存 し て , w= w(.x) と

す る。 ただ し ガラ ス球は DP と し て機能す るので , x> 0 のと き w(x) < 0 であり , x< 0 のと き w(x) > 0 であ

る。 また x> 0 が十分に大きいと き w(x) = w,< 0 であり , x< 0 が十分に小 さいと き w(x;) = w2> 0 である と する。

等温過程においては気体が外部にす る仕事と気体が得 る

熱量のあいだにエネルギー保存則が成り 立つこ と から ,

fpdv = fwd, (1)

と なる。 理想気体の状態方程式 を用いて左辺の積分 を実

行し , さ らに両辺を時間に対 し て微分すると

WV = V (2)

93

が得ら れる。 ただし i, は v の時間変化率 dv/dt を表し , n, R はそ れぞれ気体の物質量およ び気体定数であ る。 ま た

T は気体の温度であり , 等温収縮過程で T= T,, 等温膨

張過程で T= T2 とする。

式 (2) の係数 w/nRT は ;x; に依存するので, こ れを f (x) と お く 。 こ の関数は凡そ図 5 のよ う な連続関数にな っ て

い る も のと 考え ら れるが, こ こ では、;,cl が十分に小 さい

も のと し て , f :;,c) = coo と 表す こ と にす る ( ただ し αは

正の定数)。 すると式 (2) は,

v = - axv

と な る。

f (χ)

WI nR T1

(3)

l/V2

nR T2

X

図 5 関数 f (x) の概形

なお定積過程につい ては, 系がその過程に滞在す るあ

い だに熱量の移動のみが起こ り , そ れによ っ て温度 T,, T2 が決ま る過程で あ る。 た だ し こ こ では 2 つの温度が

予め決定 さ れてい る ものと し , かつ等温過程 を系の律速

段階と見做すこ と で , 定積過程を系のダイ ナ ミ ク スに陽

に含めない こ と と す る。

次に , ガラ ス球の重心の運動 を記述す る。 いま全 ての

ガラ ス球が互いに接 し たまま並進運動 をす る も の し , そ

の重心の運動 を考え る。 また ガラ ス球の転がり によ る回

転のエネ ルギーは考え ない も のと す る。

気体の体積は収縮状態 v, と 膨張状態 v2 のあい だ を振

動す る も のと し , 気体の体積が平均値 v。= (v,十v2) /2 のと き試験管が水平な状態にあるものと する。 また試験管

に沿っ て固定 し た座標を 軸と し , 試験管の中央の位置

(支点の位置) を :,c= 0 と す る。 気体の体積 v が v。よ り

大き く な ると , 試験管が支点のまわり に角度θだけ回転

す る ものとす る。 角度θは気体の体積 v の関数と し て表

すこ と ができ て, シリ ン ジの断面積 s と 試験管の長 さ 1 に対 し て sinθ= 2(v-v。) /SI と でき る (図 6 ) 。 すると ガ

ラ ス球の重心の運動は, 質量m, 重力加速度 g, 粘性係

数 y に対 し て

猪 本 修

v 、 、 、 、 、

、 、 - - θ

、、

X'

図 6 ガラ ス球の運動と 座標

mx = (v - vo) - γx (4)

と表すこ と ができ る。 ただし粘性力の大き さは重心の速

度に比例する ものと す る。

以上から , 気体の体積と ガラ ス球の重心の運動に関す

る連立常微分方程式 (3) , (4) が得ら れた。 変数 t, :x:, v を スケ ー リ ン グによ っ て無次元化す る と , 8=c= 2v。/SI に対 して

v = - (v 十1)χ(5)

εX = CV- Xと な る ( ただ し v は正 ま たは負 で あ るが v> 1 を満 た

す) 。 式 (5) はさ らに 3 階常微分方程式と して

εx + (1 + εx)x + xx + ex = 0 (6)

と な る ( た だ し -t > c) 。 こ こ で ガラ ス球の運動 に関 し

て慣性項が無視でき る と する と (8→ 0 )

χ十χχ十cχ= 0 (7)

と なり , 系のダイ ナ ミ ク スに関する 2 次元モデルが得 ら

れる。 以下では, こ の 2 次元モデル (7) につい て解析

およ び考察を行う 。

4 . 数値解析

モ デル方程式の解の特性 を調べ る ために, 式 (7) を

0.1

> 0

- 0.1

0.1

x 0

- 0.1

0 10 15 20

0 5 10 15 20t

図7 v, x の時系列 (初期値 v(0)= 0 , x(0)= 0.1)

94

ル ンゲ ー ク ッ タ法によ っ て数値的 に解析 し た。

まず, パラ メ ータ と初期値をc= 1 , v(0)= 0 , x(0)= 0.1 と し た と き の v, x そ れぞれの時系列 を図 7 に示す。 こ

の初期値が小 さい条件では単振動に近い振動解が得ら れ, 体積に対 し て π/2 rad の位相遅れを と も な っ て ガラ ス球

の重心が振動す るこ と が分かる。

次に, 初期値が大きな場合の振動の時系列を図 8 に示

す (c= 1 , v(0)= 0 , :,c(0)= 2 ) 。 このと き , v について

4

2

0

2一

>

2

0

2

X

0 5 10 15 20

0 5 10 15 20t

図8 v, x の時系列 (初期値 v(0)= 0 , x(0)= 2 )は収縮状態の滞在時間が伸長し , 急峻な増大と 減少が続

いて生 じ るが, 膨張状態の滞在時間はごく 短い。 一方で

)c については往復運動の速さ が対称的で な く , ガラ ス球

が低熱源側 (. < 0 ) から高熱源側 (. > 0 ) へ移動す

ると きの速さは, 逆の場合に比べて大きい。

さ らに, 振動の初期値依存性を調べた。 c= 1 , v(0)= 0 と し て, )c(0) を0.1から0.9まで0.1間隔で大き く し たと

きの (v, x) 相平面上の解軌道を図 9 に示す。 こ の図か

ら , 初期値が小 さい と きの解の挙動はほぼ円軌道である

が, 初期値と と もに軌道が次第に大き く なり , また v 軸

に沿っ て非対称にな るこ と が分かる。 こ れは v に下限値

(v= - 1 ) があ る一方で , 上限値が存在 し ないこ と によ

る。

5

1

5

0

5

1

5

ll 0

0

一 1

X

-1 OV

図 9 初期値に対する解軌道の変化 (初期条件は本文を

参照)

ビー 玉 ス タ ーリ ングエ ン ジ ンの動力学モ デル

5 . 考察SE の特徴は, 密閉 さ れた作動気体が 2 つの熱源と の

熱交換によ って膨張 ・ 収縮する際に, DP によ る負のフ イー

ドバ ツク作用によ っ て自励振動が発現す る点にあ る。 本

研究におい ては SEM を構成す る球状 DP の重心の運動

と気体の熱的過程に着目し て数理モデルを導出し , 実験

と数値解析によ ってこの系の動力学を検討 し た。 実験的

には, 気体の体積変化の時系列特性は正弦的であり (図4 ) , こ れと ガラ ス球の運動が一定の位相差 を伴 っ て振

動す るこ と がわかっ た。 すなわち試験管の回転運動に遅

れて ガラ ス球の往復運動がみら れたが, その位相差はπ/2 rad であっ た。 一方で, 数値的には定常的な振動解が得

ら れ, 初期値が小 さい と きの振動は正弦的である と と も

に, 2 変数 v, x の位相差はπ/2 rad であ っ た (図 7 ) 。 数

値解の挙動は初期値に応 じ てその軌道が定まり , 初期値

と と もに系の力学的エネルギーが大き く なったが (図 9 ) , 初期値が大きい場合の実験データは得ら れていない。 モ

デル方程式からは, 振幅が小 さい と きの体積振動の振動

数は係数 c によ っ て決ま り , 1/ す な わち シス テ ムサ

イ ズに依存する と考え ら れるが, 本研究では測定 さ れて

いない。 ま た, 数値解析と は異なり , 実験的には時間と

と も に体積振動の振幅が減少 しつつ停止す るが, こ れは

( i) 系と外部との熱移動が 2 つの熱源において均衡を保つ

てい ない こ と , ( ii) 装置が動作す るあい だに ガラ ス球

が加熱 さ れて高温熱源 と し ては た ら く こ と , そ し て

( iii) ガラ ス球が互いに密着 し て転がり 運動 を し ない た

めに気体が熱源間で “漏れた” 状態にな るこ と , が主な

原因 と考え ら れる。 し たがっ て 2 つの熱源におけ る熱量

移動 を適切に調整す る こ と , およ び DP の形状 と 断熱性

能を高めるこ と が, 振動の減衰を抑え る為に必要である。

一般に, 2 つの状態変数で記述さ れる力学系は, それ

がリ エ ナー ル方程式 :x:十f (x) ;x十g(x) x= 0 の形であ れば

振動解を も つこ と が知 ら れており , 係数 f (x) , g(x) の

非線形性が系の特性を決める'6)。 モ デル方程式 (7) は

振動解をも つが, リ ミ ッ ト サイ クルは存在 し ないこ と が

リ エナー ルの定理から明ら かである。 ま た粘性項の符号

はガラ ス球の変位に応 じ て正と負のあいだで周期的に交

替 し , x> 0 のと き ( ガラ ス球が高温熱源に近い と き) は正の粘性抵抗, x< 0 のと きは負の粘性抵抗 (負性微

分抵抗) と なる。 こ れらは系に対す るエネルギーの供給

と散逸を表し ている。 このと きエネルギー積分の時間平

均は 0 であり , し たがっ て原点 (平衡点) はア ト ラ ク タ

ではない。 こ のよ う にモデル方程式の非線形項は DP の

特性を端的に表 し てい るが, こ れはモデルの導出過程で

系の運動が微小振幅である と し て, 気体と 熱源のあいだ

の熱の移動や試験管の運動において線形化近似 を行 っ た

こ と によ る。 こ れら の点で方程式 (7) は粗いモ デルと

な っ てい るが , む し ろ こ れら の近似によ っ て系の本質的

95

な非線形性を顕在化す るこ と が可能と な っ た。

6 . 結論本研究では, 高校物理教育におけ る熱力学単元の実験

教材 と し て し ばし ば取り 上げら れる SEM につい て , そ

の動力学的特性を実験と数理モデルおよ びその数値解析

により検討 し た。 この系が示す気体の体積の周期的変化

は, 気体と 2 つの熱源とのあいだの定常的な熱エネルギー

の流れによ っ て生 じ る自励振動であり , DP がも つ負性

微分抵抗特性によ っ て生 じ る負 のフ イ ー ドバ ツク作用が

重要な役割 を果たすこ と が理解さ れた。 こ の系のダイ ナ

ミ ク スは作動気体の体積と ガラ ス球の重心の変位を状態

変数とする 2 階常微分方程式で記述さ れた。 SEM は DP と し てのガラ ス球によ っ て気体の体積振動 を発現す る も

のであるから , こ れは往還球体によ る体積振動子 (shut-

tling spheres-mediated volumina1 osci1lators, SV0) と 見

做すこ と ができ る。 今後は体積振動子の物理的側面につ

いて詳 し く 調べると と も に, 同等のモデル方程式で記述

さ れるほかの系 と の関連性 を明 ら かにす る必要があ る。

以上のよ う に, SE は熱機関 と し ての応用面のみな ら

ず, 自励振動を呈する物理系 と し ても面白い。 高校の物

理教育におい ては, SEM を熱機関の教材 と し て扱われ

るこ と が多 いが, SEM は熱力学ばかり でな く , 力学や

振動論と も深 く 関わる実験系であるから , 幅広い科学的

視点から現象にア プロ ーチでき る点で も SEM は良い教

材であると言え る。

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