顧客に応える価値創造を -...

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ターゲット市場を選び出す 徹底した顧客目線で 競争地位戦略によるタイプ化 顧客に応える価値創造を 顧客に応える価値創造を ㈱日本設備工業新聞社 ㈱日本設備工業新聞社 代表取締役社長 代表取締役社長 高倉克也 高倉克也 フィリップ・コトラー コトラーのマーケティング コトラーのマーケティング -7- -6- 明日への道標 明日への道標 マーケティングの神様 アメリカの経営学者 フィリップ・コトラー(1931-)に捧げられた最 大級の讃辞だ。シカゴ大学を卒業後、マサチュー セッツ工科大学(MIT)で経営博士号を取得し、 マーケティングに関する計量的モデルを開発する ためにハーバード大学で数 学を学んだ。1971年に出版 した『マーケティング・マ ネジメント』は20カ国以上 で翻訳され、現代マーケテ ィングの最高のテキスト と評価されている。とり わけ1980年代に提唱した <競争地位戦略>は机上の 論理ではなく市場競争で有効な経営戦略を立てる 際の実践的指標として見逃せない。 マーケティングは一般的に宣伝・集客・販促の ための活動などと理解されている。企業でも広 報・広告部門をマーケティング部門と位置づけて いる場合が少なくない。しかし本来の意味はそれ だけにとどまらない。 たとえばマネジメントの発明者といわれる経営 学者のピーター・ドラッカーは「マーケティング の狙いは、顧客というものをよく知って理解し、 製品が顧客にぴったりと合って、ひとりでに売れ てしまうようにすること」(『マネジメント』)と 説明している。簡潔にいうと顧客に製品が売れる 仕組みづくりの総体をマーケティングと見做して いる。 コトラーはドラッカーのマーケティング論を踏 まえつつ『コトラーのマーケティング・マネジメ ント ミレニアム版』で次のようにマーケティン グを定義している。 「ターゲット市場を選び出し、優れた顧客価値を つくり出し、分配し、コミュニケーションをする ことによって、顧客を獲得し、維持し、増やすた めの技術と知識である」 すなわち①ターゲット市場を選び出す②優れた 顧客価値をつくり出し、分配し、コミュニケーシ ョンをする③顧客を獲得し、維持し、増やす という3段階の「技術と知識」の総合プロセスが マーケティングであると。具体的にはアイデア・ 財・サービスの考案、価格設定、プロモーション、 流通などを活動範囲として例示している。 ドラッカーのマーケティング論よりコトラーが 踏み込んでいるのは「ターゲット市場を選び出す」 という点だ。限られた経営資源のなかで単独企業 が多様化する顧客ニーズのすべてに対応するのは 難しい。そこでターゲット市場の選択が不可欠と なってくる。 ターゲット市場を絞り込むには業界内における 自社のポジションをまず知らなければならない。 そのために提起されたのが<競争地位戦略>だ。 <競争地位戦略>ではマーケットシェアの観点 から企業を①リーダー②チャレンジャー③フォロ ワー④ニッチャー の4つのタイプに分類する。 そのうえで企業タイプ別に採用すべき経営戦略の 基本方針を明らかにしている。 リーダーはマーケットシェアのトップ企業で業 界全体をリードする立場にある。したがって自社 のトップシェアを堅持しつつ市場全体をカバーす るフルライン戦略を展開し、市場規模そのものを 拡大していくことがより高い利益を生み出す。 チャレンジャーはリーダーに次ぐマーケットシ ェアの高い企業で業界トップを狙う地位にある。 戦略的には市場エリア、製品分野、流通体系など でリーダーとの差別化を図り、競争しつつシェア を拡大する差別化戦略が有効だ。 フォロワーはマーケットシェアの少ない企業で リーダーやチャレンジャーなどの上位企業の模倣 が基本戦略となる。上位企業と敵対せず模倣する ことによって開発コストなどを節約し、効率的な 利潤獲得をめざす。 ニッチャーはマーケットシェアが小さいものの、 製品・サービスなどの独自性によって特定の市場 に強みをもつ企業だ。上位企業がターゲットとし ないニッチ=すきま市場に経営資源を集中して他 社の追随を許さない地位を築く。 各企業はこうした<競争地位戦略>に基づく業 界内の地位を把握することによって自社に適した 戦略目標を掲げることができる。 コトラーは<競争地位戦略>に基づく各企業の 戦略目標について「どのような価値を提供すれば ターゲット市場のニーズを満たせるかを探り、そ の価値を生み出し、顧客に届け、そこから利益を 上げること」(『コトラーの戦略的マーケティン グ』)と述べている。要約するとターゲット市場の ニーズを満たす価値を創造することが戦略目標の 核心といっていいだろう。 ターゲット市場の選択はリサーチから始まる。 コトラーは「調査せずに市場参入を試みるのは、 目が見えないのに市場に参入しようとするような ものだ」(『コトラーの戦略的マーケティング』) とリサーチの大切さを強調している。 とはいえ明確な目的もなく漠然と市場調査を 進めても意味がない。コトラーの想定するリサー チはセグメンテーションと呼ばれる作業のために 必要となる。セグメンテーションとは顧客をそれ ぞれのニーズに応じてグループ分けすることだ。 リサーチによって市場全体の中から共通のニ ーズをもつセグメント=顧客グループを区分する。 そして区分したセグメント=顧客グループの中か ら自社の強みをもっとも発揮できるターゲットを 選び出す。これがターゲティングだ。 ターゲットを選択したら、顧客のニーズに適合 する製品・サービスを考案していく。この作業を ポジショニングという。ポジショニングによって 競合他社との差異が鮮明になる。 段階的にみると、戦略目標はリサーチ→セグメ ンテーション→ターゲティング→ポジショニング というサイクルで設定される。その端緒となるの が「どのような価値を提供すればターゲット市場 のニーズを満たせるか」という問いかけだ。 コトラーのマーケティング論はドラッカーと同 様に徹底した顧客目線で貫かれている。 「ドリルの刃のメーカーは、顧客はドリルの刃に 対してニーズを持っていると思うかもしれないが、 顧客の本当のニーズは穴である」(『コトラーの戦 略的マーケティング』) ドリルは穴を開けるために欠かせない道具だ。 だからどんなドリルでも売れるかというとそんな ことはない。 顧客はより簡単に、より正確に、より効率的に 穴を開けたいというニーズを抱いている。これに 応えるのがすなわち価値の創造であり、創造され た価値は売れる商品として実を結ぶのだ。

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Page 1: 顧客に応える価値創造を - setubikougyo.co.jpsetubikougyo.co.jp/publication/column/column275.pdf · グを定義している。 「ターゲット市場を選び出し、優れた顧客価値を

ターゲット市場を選び出す

徹底した顧客目線で

競争地位戦略によるタイプ化顧客に応える価値創造を顧客に応える価値創造を

㈱日本設備工業新聞社㈱日本設備工業新聞社

代表取締役社長代表取締役社長 高倉克也高倉克也

フィリップ・コトラー

コトラーのマーケティング コトラーのマーケティング論 論

-7--6-

明日への道標明日への道標

 マーケティングの神様アメリカの経営学者フィリップ・コトラー(1931-)に捧げられた最大級の讃辞だ。シカゴ大学を卒業後、マサチューセッツ工科大学(MIT)で経営博士号を取得し、マーケティングに関する計量的モデルを開発する

ためにハーバード大学で数学を学んだ。1971年に出版した『マーケティング・マネジメント』は20カ国以上で翻訳され、現代マーケティングの最高のテキストと評価されている。とりわけ1980年代に提唱した<競争地位戦略>は机上の

論理ではなく市場競争で有効な経営戦略を立てる際の実践的指標として見逃せない。

 マーケティングは一般的に宣伝・集客・販促のための活動などと理解されている。企業でも広報・広告部門をマーケティング部門と位置づけている場合が少なくない。しかし本来の意味はそれだけにとどまらない。 たとえばマネジメントの発明者といわれる経営学者のピーター・ドラッカーは「マーケティングの狙いは、顧客というものをよく知って理解し、

製品が顧客にぴったりと合って、ひとりでに売れてしまうようにすること」(『マネジメント』)と説明している。簡潔にいうと顧客に製品が売れる仕組みづくりの総体をマーケティングと見做している。 コトラーはドラッカーのマーケティング論を踏まえつつ『コトラーのマーケティング・マネジメント ミレニアム版』で次のようにマーケティングを定義している。

 「ターゲット市場を選び出し、優れた顧客価値をつくり出し、分配し、コミュニケーションをすることによって、顧客を獲得し、維持し、増やすための技術と知識である」

 すなわち①ターゲット市場を選び出す②優れた顧客価値をつくり出し、分配し、コミュニケーションをする③顧客を獲得し、維持し、増やすという3段階の「技術と知識」の総合プロセスがマーケティングであると。具体的にはアイデア・財・サービスの考案、価格設定、プロモーション、流通などを活動範囲として例示している。 ドラッカーのマーケティング論よりコトラーが踏み込んでいるのは「ターゲット市場を選び出す」という点だ。限られた経営資源のなかで単独企業が多様化する顧客ニーズのすべてに対応するのは難しい。そこでターゲット市場の選択が不可欠となってくる。

 ターゲット市場を絞り込むには業界内における自社のポジションをまず知らなければならない。そのために提起されたのが<競争地位戦略>だ。

 <競争地位戦略>ではマーケットシェアの観点から企業を①リーダー②チャレンジャー③フォロワー④ニッチャーの4つのタイプに分類する。そのうえで企業タイプ別に採用すべき経営戦略の基本方針を明らかにしている。 リーダーはマーケットシェアのトップ企業で業界全体をリードする立場にある。したがって自社のトップシェアを堅持しつつ市場全体をカバーするフルライン戦略を展開し、市場規模そのものを拡大していくことがより高い利益を生み出す。 チャレンジャーはリーダーに次ぐマーケットシェアの高い企業で業界トップを狙う地位にある。戦略的には市場エリア、製品分野、流通体系などでリーダーとの差別化を図り、競争しつつシェアを拡大する差別化戦略が有効だ。 フォロワーはマーケットシェアの少ない企業でリーダーやチャレンジャーなどの上位企業の模倣が基本戦略となる。上位企業と敵対せず模倣することによって開発コストなどを節約し、効率的な利潤獲得をめざす。 ニッチャーはマーケットシェアが小さいものの、製品・サービスなどの独自性によって特定の市場に強みをもつ企業だ。上位企業がターゲットとしないニッチ=すきま市場に経営資源を集中して他社の追随を許さない地位を築く。 各企業はこうした<競争地位戦略>に基づく業界内の地位を把握することによって自社に適した戦略目標を掲げることができる。

 コトラーは<競争地位戦略>に基づく各企業の戦略目標について「どのような価値を提供すればターゲット市場のニーズを満たせるかを探り、その価値を生み出し、顧客に届け、そこから利益を

上げること」(『コトラーの戦略的マーケティング』)と述べている。要約するとターゲット市場のニーズを満たす価値を創造することが戦略目標の核心といっていいだろう。 ターゲット市場の選択はリサーチから始まる。コトラーは「調査せずに市場参入を試みるのは、目が見えないのに市場に参入しようとするようなものだ」(『コトラーの戦略的マーケティング』)とリサーチの大切さを強調している。 とはいえ明確な目的もなく漠然と市場調査を進めても意味がない。コトラーの想定するリサーチはセグメンテーションと呼ばれる作業のために必要となる。セグメンテーションとは顧客をそれぞれのニーズに応じてグループ分けすることだ。 リサーチによって市場全体の中から共通のニーズをもつセグメント=顧客グループを区分する。そして区分したセグメント=顧客グループの中から自社の強みをもっとも発揮できるターゲットを選び出す。これがターゲティングだ。 ターゲットを選択したら、顧客のニーズに適合する製品・サービスを考案していく。この作業をポジショニングという。ポジショニングによって競合他社との差異が鮮明になる。 段階的にみると、戦略目標はリサーチ→セグメンテーション→ターゲティング→ポジショニングというサイクルで設定される。その端緒となるのが「どのような価値を提供すればターゲット市場のニーズを満たせるか」という問いかけだ。 コトラーのマーケティング論はドラッカーと同様に徹底した顧客目線で貫かれている。

 「ドリルの刃のメーカーは、顧客はドリルの刃に対してニーズを持っていると思うかもしれないが、顧客の本当のニーズは穴である」(『コトラーの戦略的マーケティング』)

 ドリルは穴を開けるために欠かせない道具だ。だからどんなドリルでも売れるかというとそんなことはない。 顧客はより簡単に、より正確に、より効率的に穴を開けたいというニーズを抱いている。これに応えるのがすなわち価値の創造であり、創造された価値は売れる商品として実を結ぶのだ。