第3回 「血栓塞栓症とards」...covid-19と 凝固線溶異常/ dic 丸藤 哲 先生...

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COVID-19 凝固線溶異常 / DIC 丸藤 哲 先生 (札幌東徳洲会病院 顧問 兼 救急センター長) 【監修医師】 「血栓塞栓症と ARDS」 第3回  2020 年 7 月掲載 DIC のエキスパートの視点 コ ラ ム 掲載略歴 丸藤 哲 ( がんどう さとし ) ■ 略  歴 1978 年北海道大学医学部 医学科卒業 1999 年北海道大学大学院医学研究科 侵襲制御医学講座 救急医学分野 教授 2018 年北海道大学 名誉教授 札幌東徳洲会病院 顧問 兼 救急センター長 ( 現在に至る ) ■ 所属学会 ・日本救急医学会 ・日本集中治療医学会 ・日本臨床救急医学会 ・日本血栓止血学会 ・Society of Critical Care Medicine (SCCM) ・European Society of Intensive Care Medicine ・International Society on Thrombosis and Haemostasis ■ 著書・論文・Gando S. Disseminated intravascular coagulation. Trauma induced coagulopathy. Gonzalez E, Moore H, Moore E, eds. Springer International, Switzerland, pp195-217, 2016. ・Gando S, Levi M, Toh CH. Disseminated intravascular coagulation. Nature Review Disease Primer 2016; 2:16037. ・Gando S, Wada T. Disseminated intravascular coagulation in cardiac arrest and resuscitation. Journal of Thrombosis and Haemostasis 2019; 17:1205-1216. 「コラム」は下記の URL もしくは QR コードから閲覧できます。 https://www.jbpo.or.jp/med/jb_square/covid-19/

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Page 1: 第3回 「血栓塞栓症とARDS」...COVID-19と 凝固線溶異常/ DIC 丸藤 哲 先生 (札幌東徳洲会病院 顧問 兼 救急センター長) 【監修医師】 「血栓塞栓症とARDS」

COVID-19と凝固線溶異常 / DIC

丸藤 哲 先生(札幌東徳洲会病院 顧問 兼 救急センター長)

【監修医師】

「血栓塞栓症とARDS」第3回 

2020 年 7月掲載

DIC のエキスパートの視点コ ラ ム

掲載略歴丸藤 哲 ( がんどう さとし )■ 略  歴 1978 年北海道大学医学部 医学科卒業       1999 年北海道大学大学院医学研究科 侵襲制御医学講座 救急医学分野 教授       2018 年北海道大学 名誉教授 札幌東徳洲会病院 顧問 兼 救急センター長 (現在に至る )■ 所属学会 ・日本救急医学会       ・日本集中治療医学会       ・日本臨床救急医学会       ・日本血栓止血学会       ・Society of Critical Care Medicine (SCCM)       ・European Society of Intensive Care Medicine       ・International Society on Thrombosis and Haemostasis■ 著書・論文・Gando S. Disseminated intravascular coagulation. Trauma induced coagulopathy.        Gonzalez E, Moore H, Moore E, eds. Springer International, Switzerland, pp195-217, 2016.      ・Gando S, Levi M, Toh CH. Disseminated intravascular coagulation. Nature Review Disease Primer 2016; 2:16037.      ・Gando S, Wada T. Disseminated intravascular coagulation in cardiac arrest and resuscitation. Journal        of Thrombosis and Haemostasis 2019; 17:1205-1216.

「コラム」は下記の URL もしくは QR コードから閲覧できます。https://www.jbpo.or.jp/med/jb_square/covid-19/

Page 2: 第3回 「血栓塞栓症とARDS」...COVID-19と 凝固線溶異常/ DIC 丸藤 哲 先生 (札幌東徳洲会病院 顧問 兼 救急センター長) 【監修医師】 「血栓塞栓症とARDS」

関連製剤︓アコアラン、ノイアート新型コロナウイルス感染症(COVID-19)

コラム DICエキスパートの⽬線「COVID-19と凝固線溶異常/DIC」

第3回 ⾎栓塞栓症とARDS札幌東徳洲会病院

顧問 兼 救急センター⻑

丸藤 哲 先⽣

前回述べたように、肺炎を発症した183症例の後⽅視的研究の結果、死亡した超重症症例(21症例)の播種性⾎管内凝固症候群(disseminated intravascular coagulation, DIC)発症率は71.4%(15/21症例)と⾮常に⾼いが1)、ICU⼊室率16%の388症例、死亡率7.3%の400症例におけるDIC発症率は、それぞれ2.1%(8/388症例、DICによる死亡率88%)2)、重症例の2.0%(3/144症例、DIC症例すべてに出⾎性合併症を認めた)3)と低かった。しかし、後の2論⽂の症例は⾼率に⾎栓塞栓症を併発しており、中等症から重症のCOVID-19では⾎栓塞栓症への注⽬が集まっている。

1.⾎栓症

COVID-19肺炎でICUに⼊室した184症例において31%に肺塞栓症、深部静脈⾎栓症、脳動脈⾎栓症(虚⾎性脳梗塞)を認めたKlok等の報告4)を嚆⽮として、COVID-19における⾎栓症の報告が相次いでいる3)4)。⼤動脈内⾎栓症も確認され5)、深部静脈⾎栓形成までの時間は早く、ICU⼊室48時間までに79%の対象例が⾎栓形成を認めた報告もある6)。⾎栓形成症例のD-ダイマー値は⾎栓⾮形成症例よりも⾼値であることが特徴である6)7)。⽂献レビュー(scoping review)では、引⽤した全論⽂では21.9%、対象症例のICU⼊室率75%以上の論⽂では31.3%の症例が⾎栓症を発症することが報告されている8)。重要な点は、COVID-19では出⾎性合併症も多いことであり、⾎栓症、出⾎性合併症ともに症例の予後を規定している3)。

2.acute respiratory distress syndrome(ARDS)

COVID-19の病変の主座は肺であり、多くの症例は肺炎からARDSを発症する。ベルリン定義を満たしたCOVID-19起因性ARDSは2つのフェノタイプに分類される(Type1[L], Type2[H])9)-11)。両フェノタイプは同程度の低酸素⾎症(PaO2/FiO2)を呈するが、Type1(L)はコンプライアンスが保たれ、換気/⾎流⽐不均等が存在する。Type1(L)は換気がほぼ正常であるため⾎流不全の存在が⽰唆されるのに対して、Type2(H)は典型的ARDSの臨床像を呈し(低コンプライアンス、⾼いシャント率、肺重量増加など)、通常のARDS治療⽅針が適応される9)10)。CTを施⾏されたCOVID-19症例の30%が肺塞栓症と診断され、そのD-ダイマー値は⾮肺塞栓症例よりも⾼値である12)。ARDS症例と⾮ARDS症例を⽐較検討した研究では、前者の肺塞栓症合併率は後者より⾼かった13)。このように、COVID-19症例、特にARDS症例では肺塞栓症発症率が⾼い。これが同時に発症している深部静脈⾎栓症に続発した肺塞栓症なのか、原発した肺⾎栓症なのかは議論が多いが、最近の報告では微⼩⾎管内⾎栓症に起因した肺局所原発性⾎栓症と考えられている14)。

3.病理所⾒

1)肺COVID-19死亡症例の肺の病理所⾒は、滲出期、増殖期から線維化期など種々の病期を呈したリンパ球浸潤を伴うびまん性肺胞傷害が特徴であり、⼩動脈・微⼩⾎管内にフィブリン⾎栓を認め、凝固亢進を伴うARDSの病理所⾒に⼀致している15)。滲出期びまん性肺胞傷害、硝⼦膜形成、肺胞性浮腫、肺胞中隔肥厚を常に認め、線維化期では線維化が進み広範な肺実質の破壊を伴っている16)。さらに、好中球浸潤を伴う肺胞⽑細⾎管内フィブリン⾎栓形成を認め、⼀部の好中球はneutrophil extracellulartraps(NETs)形成を⽰唆する変性を伴っていた17)。ARDSと診断された症例では、硝⼦膜形成と肺胞上⽪細胞剥離を伴うびまん性肺胞傷害を認め、滲出期ARDSの病理所⾒に⼀致している18)。

2020年7月掲載(審J2007250)

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インフルエンザAで死亡した症例と⽐較した研究では、広範な⾎栓形成を伴う微⼩⾎管症(microangiopathy)、インフルエンザAの9倍に及ぶ肺微⼩⾎管内⾎栓形成・閉塞、重篤な⾎管内⽪細胞傷害、そして嵌⼊型⾎管新⽣(>発芽型⾎管新⽣)が観察された。COVID-19では⾎管内⽪細胞炎症に伴い内⽪細胞傷害と⾎栓形成、そして⾎管新⽣が進⾏するものと思われる19)。さらに、COVID-19症例の肺胞上⽪細胞、⽑細⾎管内⽪細胞には感染のない対照肺と⽐較してそれぞれ約5倍、8倍のangiotensinconverting enzyme II(ACE2)発現が認められた。この発現はSARS-CoV2の⾎管内⽪細胞内侵⼊に伴う内⽪細胞間隙破壊、内⽪細胞腫脹、内⽪細胞の基底膜からの遊離を伴い、ACE2受容体を介したSARS-CoV2細胞内侵⼊による直接的および惹起された⾎管内⽪細胞炎症による同細胞傷害を⽰唆している19)。そして、この炎症反応が⾎栓形成による低酸素刺激とともに⾎管新⽣を引き起こすと推測される。

2)その他の臓器COVID-19では多臓器障害(multiple organ dysfunction syndrome, MODS)の発症が予後を規定することは既に述べた。病理学的検討でも肺に加えて、⼼臓、肝臓、腎臓、脾臓、副腎など多臓器で種々の病理学的変化が認められる16-18)20)。⼀部の症例では⼼筋変性、局所肝細胞壊死を伴う肝中⼼静脈⾎栓症、急性尿細管壊死、⽷球体内フィブリン⾎栓形成などが観察された16)

17)20)21)。

⼩括

COVID-19では死亡に⾄る超重症症例ではDIC発症を認めるが、中等・重症症例ではD-ダイマー値上昇を伴う局所⾎栓形成が特徴であり、⾎栓形成は動静脈を問わず観察される。COVID-19病変の主座である肺ではARDSに⼀致する病理所⾒を認め、微⼩⾎管内フィブリン⾎栓形成と⾎管内⽪細胞炎症から⽣じた⾎管内⽪細胞傷害が特徴的変化である。これらの変化はACE2を介したSARS-CoV2の⾎管内⽪細胞侵⼊が主因である可能性が⾼い。

⽂献

1) Tang N, et al. J Thromb Haemost. 2020; 18: 844-847.

2) Lodigiani C, et al. Thromb Res. 2020; 191: 9-14.

3) Al-Samkari H, et al. Blood. 2020 Jun 3; blood. 2020006520. Online ahead of print.

4) Klok FA, et al. Thromb Res. 2020; 191: 145-147.

5) Gomez-Arbelaez D, et al. Ann Vasc Surg. 2020 May 29; S0890-5096(20)30438-6. Online ahead of print.

6) Nahum J, et al. JAMA Netw Open. 2020; 3: e2010478.

7) Cui S, et al. J Thromb Haemost. 2020; 18: 1421-1424.

8) Al-Ani F, et al. Thromb Res. 2020; 192: 152-160.

9) Gattinoni L, et al. Crit Care. 2020; 24: 154.

10) Gattinoni L, et al. Intensive Care Med. 2020; 46: 1099-1102.

11) Li X, et al. Crit Care. 2020; 24: 198.

12) Leonard-Lorant I, et al. Radiology. 2020 Apr 23; 201561. Online ahead of print.

13) Helms J, et al. Intensive Care Med. 2020; 46: 1089-1098.

14) Thachil J, et al. Semin Thromb Hemost. 2020 May 12. Online ahead of print

15) Dolhnikoff M, et al. J Thromb Haemost. 2020; 18: 1517-1519.

16) Schaller T, et al. JAMA. 2020; 323: 2518-2520.

17) Fox SE, et al. Lancet Respir Med. 2020; 8: 681-686.

18) Xu Z, et al. Lancet Respir Med. 2020; 8: 420-422.

19) Ackermann M, et al. N Engl J Med. 2020; 383: 120-128.

20) Lax SF, et al. Ann Intern Med. 2020 May 14; M20-2566. Online ahead of print.

21) Su H, et al. Kidney Int. 2020; 98: 219-227.

2020年7月掲載(審J2007250)

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